石破 茂 です。
株価が乱高下していますが、株価が上がって投資家の方々が利益を得た時には「素晴らしい」「嬉しい」といった反応は報じられなかったのに、下がった時は「投資家から悲鳴が上がっている」「金利を上げて株価を下げるのはデフレ脱却に冷や水をかける逆噴射政策」などとネガティブな報道がされていることには少なからず違和感を覚えます。
金融緩和政策の基調は変わらなくとも、多少なりとも金利が上がって円高傾向になれば、食料品やエネルギーなどそのほとんどを輸入で賄っている物資の価格は下落し、物価高に苦しむ多くの人々に対してはプラスの作用となるはずですし、預金に金利がつくことになれば、投資に躊躇する人にも金利収入というプラス面もあるはずです。金利とは「おカネの値段」なのですから、それがほとんどゼロということは、お金の世界で市場原理が機能しないことになり、必要なところに資金がいきわたらず、必要でないところに資金が滞留することになります。
金利や為替相場は反応が早い株式とは異なり、多少の時間差があるのは当然ですが、物事にはすべてプラスとマイナスの面があるのであって、両面のバランスを見極めながら、慎重に政策を遂行していかなければなりません。我が国が長く低成長に喘いできたのには様々な原因がありますが、その大きな要因の一つとして、企業が儲かってもそれを溜め込み、賃金の引上げや人的な投資を怠ってきたことにあるのではないでしょうか。
同時に、社会保障制度の改革も不可欠です。労働者の4割を占める非正規労働者には、多少賃金が上がっても不況時に解雇されることを懸念して消費を控える傾向があり、これが個人消費の伸びを抑える原因の一つとなっています。自ら望まない形の非正規雇用を可能な限り減らすことと、非正規雇用であっても雇用主が社会保険料を負担する保険制度の導入に向けて、真剣に制度設計を進めるべきです。医療制度の根幹である国民皆保険もその持続可能性が危ぶまれる事態となっており、世界に冠たるこの制度を何としても存続させるために、生活習慣病、ガン、認知症などそれぞれの疾病の形態に応じた医療の見直しを進めなくてはなりません。7日水曜日に自民党憲法改正実現本部の総会が岸田総裁も出席して開催され、緊急事態条項と自衛隊明記についてワーキングチームを発足させ、8月中を目途として条文化の作業に入ることで一致致しました。
名称は「自衛隊」でも「国防軍」でも敢えて拘りませんが、この「防衛省・自衛隊」は現行の法体系では国家行政組織法に規定されている行政組織そのもので、給与体系を定めた俸給表も国家公務員と同一のものとなっています。「最高の規律と最高の栄誉と待遇」という概念はここからは全く出てきません。
警察と軍隊との相違を認識している人は多くはないのですが、両者は明らかに異なるものです。国民の生命・財産と公共の秩序を国内法に則って守り、犯人を逮捕して検察に引き渡すのが警察で、国家の独立を外国勢力による侵害から守り、対外的に国際法に則って行動するのが軍隊です。現行法上はこの相違が不分明で、「自衛隊は見た目は軍隊でも実態は警察」と言いたくなるほど、自衛隊法などの法律は警察法を下敷きに定められています。「国民の生命と財産を守る自衛隊」という言い方をする人がありますが、生命と財産を守るのは警察の仕事であって、その本質が理解されていないことはとても残念です。
第9条後段の「国の交戦権はこれを認めない」についても、「戦争を放棄した日本が戦いを交える権利を持たないのは当然だ」的な理解をされておられる方が多いのですが、交戦権はそのようなものではなく、その内容の主要な部分は「交戦国に認められている権利」であり、その権利に伴う義務も当然に生じます。これはジュネーブ条約などに定められた、捕虜の虐待などを禁じた「戦争のルール」であり、国際社会共通のもので、日本だけが認めないなどと言ったとしてもそこには意味はありません。「国の交戦権はこれを認めない」とは「戦争のルールはこれを認めない」と言っているに等しく、国際社会の常識を大きく外れているとしか言いようがありません。
日本政府は「交戦権(戦時法規)の主要な部分である、戦争犠牲者保護のルールを除くものである」との説明をしていますが、交戦権は国際的に共通のものであり、わが国だけが勝手に分割して解釈できるものではありません。これがいかに恐ろしいことか、立法府にいる我々はこのことを強く認識しておかねばなりません。
私も、憲法第9条第2項の改正が大きな困難を伴うことは十分に承知しており、だからこそ平成24年の自民党憲法改正草案を起草するにあたっては、安全保障基本法案の概要を示して党議決定したのです。
憲法改正には衆参それぞれの総議員の三分の二の賛成で発議し、国民投票の二分の一の賛成が必要ですが、基本法であれば定足数を満たした各議院の過半数の賛成で足りるのであり、実現へのハードルは比較的低いというべきでしょう。
この基本法に対しては、日弁連をはじめとする各界から強い批判が寄せられており、丁寧に検証する必要があるのは当然です。しかし、それなくして「公明党や野党の多くが賛成しない憲法第9条第2項の削除などは不可能なのだから、当面自衛隊明記だけでも実現すべきだ」とするのはむしろ本末転倒になりかねません。昨日、南海トラフ地震の「臨時情報」が初めて発表され、住民に対してすぐに避難できる準備を求めることとなりました。お盆休みを控えて、国民生活には少なからぬ支障が生ずることになりますが、「情報」を出して後はそのまま、ということにならないよう、政府は細心の注意をもって臨んでもらいたいものです。
改めて国民の保護を主眼とした組織(防災省・国民保護省)の立ち上げの必要性を強く感じております。「国民一人一人が安心と安全を実感できる国」を目指していかなくてはなりません。日本の人口10万人当たりの自殺率は世界ワースト第6位(G7ではワースト1位)、女性はワースト3位、というのは極めて深刻な事態であり、国民の幸せの実現とはなにか、をもっと真剣に追求すべきなのではないでしょうか。自民党総裁選挙を来月に控え、選挙のあり方についての議論が党の選挙管理委員会において行われると聞いております。この総裁選のあり方は、可能な限り党員の意見を反映させるべきであり、公職選挙法の適用に近いものとしたほうが国民全体の理解は得られやすいように思います。自民党員は公称約100万人おられるのですから、例えば候補者のリーフレットを全党員に郵送するとすれば、それだけで億単位のカネがかかることになります。この辺に留意して、どれだけ「カネのかからない選挙」に近づけるか。それが「政治とカネ」の問題の解決にも資するはずです。
来週12日から14日まで、「超党派 安全保障を考える議員の会」で台湾を訪問し、頼清徳総統はじめ政権幹部、立法委員などの皆様とそれぞれ個別に会談して参ります。「今日のウクライナは明日の北東アジアかもしれない」「台湾有事は日本有事」とのフレーズについて、それぞれ具体的にどのような事態を想定すべきか、何を準備すべきか、認識の相違もあるように思われます。決して戦争の惨禍が繰り返されることの無いよう、十分な議論を尽くしたいと思っております。
酷暑の日々、皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。