元外務審議官 田中均 × 元長野県知事 田中康夫の憂国対談 「2022年 日本の自立像」
対米・対中外交で主体を取り戻せ
倉重篤郎のニュース最前線
「サンデー毎日」2022年1月2日・9日合併号
台湾有事が喧伝(けんでん)され、反中感情が掻(か)き立てられる、キナ臭い越年期。いまこそ米中双方との柔軟な外交による「日本の平和的自立」が求められている。小泉訪朝など透徹した戦略で画期的な外交を実現してきた田中均氏と、作家活動と政治活動で「しなやかな是々非々」を発信し続ける田中康夫氏が、2022年の針路を語り合った―――。
今年も暮れた。振り返り展望する季節である。二人の田中氏にその役回りを担っていただく。田中均・元外務審議官(日本総研国際戦略研究所理事長)と田中康夫元長野県知事だ。
田中均氏は、大きな絵図を描く外交官で、小泉純一郎政権下では北朝鮮と交渉、拉致被害者の帰国、平壌宣言調印という独自外交の成果を出した。安倍晋三・菅義偉両政権には、その3S政治(説明せず 説得せず 責任取らず)が日本を亡ぼす、と批判してきた骨太の警世家でもある。
田中康夫氏は、『なんとなく、クリスタル」(1980年の第17回文藝賞受賞)でデビュー、長野県知事時代に「脱ダム宣言」や車座集会など地方政治に新風をもたらし、衆参両院議員も経験した行動する作家だ。その「なんクリ」では巻末の膨大な註釈の中で日本の少子高齢化への不安を隠喩するなど、時代認識を独特な語彙力(ごいりょく)で発信する人でもある。
二人に面識はなかった。共通点はこのコラムのインタビュー対象者であったことだ。康夫氏が申し込み、均氏が対談を受け入れた。この二人を掛け合わせるとどういう化学変化が起きるのか。(以下、田中均氏を「均」と、田中康夫氏を「康夫」と省略します)
対中関係では是々非々の態度が必要
康夫 日本は今こそ慎み深いディーセントな(見苦しくない)誇りを持とうとツイッタ-でも発信する均さんは鋭い。弁証法なき空威張りな「日本凄(すご)いぞ論」の面々とは対極だ。
均 時々自分で嫌になる。どうしても自分の考えを入れてしまう。政府を褒める意見にはならない。批判ばかりと言われる。
康夫 いえいえ、諫言(かんげん)という傾聴すべき提言。なのにメディアは不毛な二項対立で「批判」と一括(ひとくく)りする。
均 僕自身が政府の中にいたし、役人の気持ちがわかる。物言えば唇寒しの霞が関で、誰かが自由に言わねばという気持ちが強く、やはり政治を叩くことになる。だが、政治は強い。役人は強いという一種の虚像を作ってきたがそうではない。ただ、メディアはそう考えない。役人たたきが常道だ。役人頑張れとは書かない。
康夫 長野県知事に就任した21年前、お前が選挙戦で使った「官対民」を流行語大賞に選んだから表彰式に来いと連絡があったけど、僕は一度も使ってないから断った。上の顔色ばかり窺(うかが)う「ヒラメ」のような役人も、公務員になった当初は人々に仕えるパブリック・サーヴァントの意識を持っていたのに、前例踏襲な組織の中で冷温停止してしまう。選挙という洗礼を受けるサーヴァント・リーダーは、そうした哀しき公僕に“人間の体温”を取り戻させる触媒役だ。
均 基本はみんな民というところから出発していると思うが、日本の伝統は官を祭り上げるところだ。
康夫 公園という単語が示すように誰もが分け隔てなく入れる空間が「公」なのに、公は公共事業のイメージが日本では強く、官と同義語になっている。公を行うために官と政がある。官は歯車という宮仕えなら、その官を動かすために「的確な認識、迅速な決断と行動、明確な責任」を併せ持った人間が行うのが政だ。
均 その政と官が本来の役割を忘れている。国家にとって真に必要な長期的利益のために動くステーツマンシップが薄れ、目先の利害に走っている。安倍・菅政治もそうだった。メディアも然り。オピニオンリーダーとしての責任を果たすことなく、政治記者たちは政治家のインナーグループに入る。再定義しないとどんどん崩れて行く。
康夫 仰(おっしゃ)る通り。批判を恐れず申し上げれば、党議拘束に縛られる国会議員は法案採決のボタン押し要員、ひな壇に座る閣僚も一日警察署長ならぬ一年大臣、というのが衆参国会議員も経験した僕の実感だ。
均 ステーツマンシップを体現した政治指導者が必要だ。「毅然(きぜん)たる態度」で嫌中、嫌韓的ナショナリスティックな世論に媚(こ)び、国民をどんどんそっちの方向に導き、結果的に政策選択の幅を失う。戦前と似た危ない現象が起きている。
康夫 その背景には他言語と異なり「私」という「主語」なしで語れてしまう日本語の文法構造がある。「美しい国」の形容詞はあるが主語がない。5W1Hも、自分で考え、自分で語り、自分で動く上で必須な「Why」や「How」の智恵は教えず、残り4Wの知識の勝者を崇(あが)める。日本語で何を言えるかが大切なのに、英語が使えると「意識高い系」と捉える社会だ。
均 指導者論で言うと、かつてマーガレット・サッチャーから「政治家は決断するための材料を全部持っている」と聞いたことがある。例えばユーロに入るか否か、専門的に難しい問題は国民に判断できるわけない。だから国民投票にかけるのは反対だと言っていた。もしその決断が気に入らなかったら次の選挙で打倒すればいいではないか、と。日本の首相も自分が積み上げてきた知見、指導力で、上から目線になろうが率いていく、ということにならないといけないのではないか。
康夫 東独育ちのアンゲラ・メルケルは、だからこそ国内世論に反対があっても移民を受け入れた。おためごかしな日本の技能実習生とは違う。北京五輪の外交ボイコット問題はどう考えますか? 中国に改めるべき点は多々あるが、ミャンマー軍事クーデターへの腰の引けた対応など日本政府の人権に対するダブルスタンダードが気になる。
均 奇妙なことがある。米国で人権意識の強いのはリベラル勢力であり、外交ボイコットも民主党のナンシー・ペローシ下院議長が以前より主張していた。日本では、ボイコットを声高に叫ぶのは保守ナショナリストの人達だ。人権こうあるべしというバックボーンはないのに反中・嫌中感情が動機になっている。
康夫 御意。北京五輪はスポーツの祭典で外交団が来てもらうのは別の話だという中国側の言い分を逆手に取り、肥大・金満化した祭典を原点回帰させる好機とすべき。なのに支持率低迷のバイデンが政局で使い、日本は阿諛追従(あゆついしょう)だ。
均 政府代表団派遣に過大な意味づけをするべきではない。米国が同調を求めているわけでもない。日本は新疆ウイグル問題に関する立場を明確にしたうえで、東京五輪開催国との立場から五輪担当相などを派遣すればよい。対中関係をトータルで遮断するのではなく、是々非々の態度が必要だ。
康夫 拉致問題もそうだ。均さんを「外して」以来、解決の目途が立たず、ブルーリボンバッジが虚しい。
アジアという梃(てこ)で米国と向き合う作法
均 バッジと言えば、9・11の際、米国では国旗を模(かたど)ったものをつけた。求心力を高めるため大統領がつけ皆が追った。日本の場合は、拉致が典型だが、バッジだけつけて何もしませんということになってはならない。
康夫 論より証拠。第1次安倍晋三内閣以来、都合28人の「拉致担当大臣」の誰一人として平壌に出掛けて接触していないのに、北風だけ吹かす“やってる感”。
均 僕の一番好きな言葉は戦略だ。結果を作るための工夫で、理念でも政策でもない。正しい目標を決めてそれを実現する。インテリジェンス(情報)、コンビクション(確信)、ビッグピクチャー(大きな絵)、そしてマイト(力)の4つがないと結果を作れない。今バッジをつけて前提条件なく首脳会談やりますと言うのは一種の政治的デマゴーグに近い。何の戦略もなく、見かけの世界を作っているのに過ぎないのでは。
康夫 江藤淳さんは論談批評でphony(フォニー)と言う単語を使った。まがい物だと。原義はphone(フォーン=電話)だろう。聞こえてはいるが、リアルなものではない。
均 アベノミクスは株価を上げ、見かけは作ったが、給与は下るし、成長もしない。ロシアとの領土外交もそうだ。見かけの世界を国内向けに作り、世の趨勢(すうせい)にさせていく。メディアも含めそれに誰も反対しない。
康夫 ロジカルに時系列で考えたら、日本の「四島一括」論は通らない。「もはや戦後ではない」と「経済白書」が記した1956年(昭和31年)に敗戦国ニッポンを国連が迎え入れて発効した日ソ共同宣言は、その11年前の国連憲章「敵国条項」や連合国の様々な文書で確定した「先の大戦の結果」の上に存在しているのだから。
均 無理なことをできると思わせるフィクションを作ることがおかしい。国民は夢に踊ってしまう。別に解決しなくても、解決するぞするぞといって、ロシアとの関係も一定の関係で維持すればいいという割り切りもあるかもしれない。
康夫 一種のやるやる詐欺だった安倍政治に拍手し続ける「良民常民」の民度は「眠度」かも知れない。
均 「インド太平洋」戦略もそれに近い。中国の一帯一路に対抗する経済協力構想として安倍政権が打ち出したものだが、米国がそれに乗り、中国を封じ込める戦略的概念に変質させた。実体的にはついていけないのに、右に倣え、一つ覚えで呼号している。
康夫 声高に「日本人の誇り」を唱和する面々は、米国には何も言わないし言えない。黄色人種の日本は、一皮剥(む)くとディズニーランド好きで米国(ヤンキー)ナイズされた食事と生活様式が現れる“黄色いバナナ”なのだ。
均 命綱である米国には追随しなければいけない、などということはない。国と国との関係は梃(てこ)があっての関係だ。梃をなくした関係では言いなりになってしまう。
康夫 相方(あいかた)が歩むべき道を見失っている時には臆(おく)せず助言してこそ真の友人。戦争が最大の公共事業と化しているアメリカへの違和感を僕が湾岸戦争時に「嫌米(けんべい)」と表現したら多くの海外メディアが取材に来た。親米・反米の不毛な二項対立の感情論ではない。時として無体(むたい)な事をする米国を諫(いさ)める造語の「諌米(かんべい)」も述べたが、こちらはあまり報じられなかった。30年後の現在は親中・反中を超えた「諌中(かんちゅう)」も必要だ。
均 近隣諸国とこれだけ関係悪くしていいのかと思う。先日ワシントンで開催された日米韓外務事務次官会合の際、韓国の警察庁長官が竹島に行ったことに抗議して日本側が合同記者会見をやらないということがあった。バイラテラル(二国間)を三者や多国間の間に持ち込んではならない。
康夫 マチュア―(成熟)してないお子ちゃま外交。
均 外交の原理原則がいとも簡単に韓国憎しの世論に捻じ伏せられる。日韓間を米国が取り持つなんて、日本の強みを全部あげているようなものだ。どこかでその悪循環を断ち切たないと。
康夫 人口は日本の4割に過ぎぬ韓国の国民1人当たりGDP、労働生産性、平均年収は今や日本を上回り、映画も音楽も世界中を席巻している現実を直視した上での外交こそが政治の役割だ。中曽根康弘首相は1983年に電撃訪韓、韓国語で挨拶、韓国の流行歌まで歌った。それは屈辱外交に非(あら)ず。
均 まずは韓国に行き、歴史教科書問題で悪化していた日韓関係をしっかり固めてから訪米した。それが日米関係強化に物凄い力になった。あれこそが梃だった。東南アジアとの関係強化も梃になる。結果的に日本自身を強くする。F35戦闘機を100機買うとか、思いやり予算をどれだけ増やすかということではない。
康夫 利根川水系の洪水調節機能の僅か1~2%に過ぎぬ八ツ場ダムさえあれば治水は万全と妄信(もうしん)するのと同じだ。中国に梃をどう作る?
均 高齢化、環境問題への協力、貿易・投資で、中国と一定の関係を堅持することだ。米国も議会には強硬論があるが、雇用、消費面で中国との関係は切れない。あれだけ強硬措置取っても貿易額が増えている。日本が経済関係維持は当然だとすることで米国も救われる。ついていくだけでは米国からもアジアからも捨てられる。
米国と中国の「同時通訳国家」を目指せ
康夫 バブル期の恋愛と同じメッシー、アッシー、ミツグ君では駄目だと考えてこそ「日本人の誇り」だ。
均 台湾有事を語ることが来年の参院選での自民党の切り札になると言う人がいる。これを大袈裟(おおげさ)なイシューにして自民党が勝つ、というシナリオだ。鬼が来るぞ来るぞと言っていると、本当に来てしまうと言う話だ。国家の行く末をステーツマンシップで考える人が出てこないと相当危ういことになる。
康夫 「祖国の完全なる統一」を高言する習近平は高度な自治を認める「一国二制度」を反故(ほご)にした香港での“成功体験”を台湾でも武力衝突なしに行いたい。半導体の生殺与奪(せいさつよだつ)を握る台湾と交戦したら世界経済が大混乱するのは明々白々だ。
均 当面はありうる話ではないのに、あり得ると言うフィクションを作って政治問題化していく愚かさを感じる。
康夫 その昔、全方位外交を掲げた日本は今こそ、太平洋を挟んで向き合う米国と中国の同時通訳国家を目指すべき。黒子(くろご)としてのシェルパ(水先案内人)外交。スイスやスエーデンの役割を、アジアで担うことこそ資源なき日本のアジア太平洋戦略だと思う。
均 来年は厳しい年になると思う。日中国交正常化50周年という節目にどう中国と構えていくのか。韓国では大統領選がある。両国民の強いナショナリズムをどう乗り越えていくのか。歯止めを失った財政問題も然(しか)りだ。ポピュリズムからステーツマンシップへの転換が必要な重要な年になる。それにしても康夫さんの語彙、表現力はすごい。
康夫 こそばゆいです。支持団体が皆無の僕が横浜市長選で20万票近く獲ったら幾つかの新聞が「SNSの勝利」と評して、その浅薄さに脱力した。全候補がSNSを使ったのにね。僕は駅頭で50分語り続けるのに人が帰らない。大変生意気だが。それは言葉の力だと信じている。
◇ ◇
たなか・ひとし 1947年、京都府生まれ。1969年 京都大学法学部卒。元外務審議官。日本綜合研究所 国際戦略研究所理事長。
たなか・やすお 1956年、東京都生まれ。1981年 一橋大学法学部卒。作家。元長野県知事。 https://tanakayasuo.me/
くらしげ・あつろう 1953年、東京都生まれ。1978年 東京大学教育学部卒。毎日新聞入社。水戸、青森支局、整理、政治、経済部。2004年 政治部長、11年 論説委員長、13年専門編集委員。