2件目 NHKの弁護士法72条違反に関する反論 原告は元集金人4人です。

令和3年(ワ)第3 8 1 8号損害賠償等請求事件

原告 元集金人4名 

被告日本放送協会

答弁書

令和3年4月2 3日

東京地方裁判所民事第1 3部合A係御中

〒1 0 0ー0 0 0 5東京都千代田区丸の内三丁目3番1号

新東京ビル2 2 5区

東京丸の内法律事務所(送達場所)

 

第1 請求の趣旨に対する答弁

1      原告らの請求をいずれも棄却する

2      訴訟費用は原告らの負担とするとの判決を求める。

第2 請求の原因に対する認否

1 「1当事者等」について める。

ただし、原告らが挙げる4社の訴外受託法人らのうち、現在でも被告との業務委託契約が継続しているのは訴外株式会社フィードだけであり、その他の3 社については業務委託契約が終了している。また、甲1号証の業務委託契約書は、被告と原告らが挙げる4社の訴外受託法人らとの間で交わされたものではなく、柱書の「2対象地区」や「3契約期間」などが相違するが、「1委託事業名称および内容」や第1条以下の契約条項としては、4社の訴外受託法人らとの間で交わされたものと同様である。

2「2事案の概要」について

3「3訴外受託法人らによる再開業務の本条違反」について

( 1 )「(ア)」について認める。

( 2 )「(イ)『その他一般の法律事件』(本条)」についてア ①について

同項記載の各判決及び決定の存在は認める。

イ ②について

第1文は積極的に争うものではないが、再開業務の対象となるのは、受信契約を締結している者のうち、受信料を滞納し、被告から請求書を送付する等したにもかかわらず、概ね1年以上の長期にわたり受信料が未払いとなっている者である。なお、後記第3第1項( 2 )ウで述べるとおり、再開業務は、対象者に対して、支払いの再開を促し、任意に応じる場合にその受信料を収納する業務であり、この業務を受託法人に対して業務委託している。これに対し、任意での支払い再開の呼びかけに全く応ずることなく、受信料の滞納を継続し続ける受信契約者に対して、被告は、やむを得ず受信契約に基づき未払い受信料の支払いを求めて、簡易裁判所において支払督促を申し立てることがあるが、そのような法的手続の業務は、被告職員や被告から委託された弁護士が担当しており、受託法人が当該業務に関与することは一切ない。

第2文のうち、甲5号証の記載内容及び被告が長期にわたり受信料が未払いである者を対象として訴訟提起(上記のように正確には支払督促申立て)したことがあり、報道等もされていることは認めるが、その余は否認ないし争う。

また、甲5号証は、内閣府公共サービス革新推進室作成の「地方公共団体の公共サービス改革『公金の債権回収業務』~官民連携にむけて~」と題する資料の一部( 1 7頁)のみが原告らから証拠として提出されているものである。しかし、全体の記載内容をみなければ、甲5号証の部分に記載されていることの意味内容を正確に理解できないと思われるので、被告から全体を証拠提出する(乙1 )。

そして、以上のような乙1号証の一部である甲5号証について、原告らが指摘する「単に『払わない』でも紛争性が顕在化」との記載は、正確に引用すると、「『法律事件』:権利義務の存否について争いがある場合、法的に確定している義務の履行に関して争いがある場合(単に 『払わない』でも紛争性が顕在化。)も含む。」と記載されている。

このように、原告らが指摘する「単に『払わない』でも紛争性が顕在化」との記載は、「法的に確定している義務の履行に関して争いがある場合」の後の括弧書きに記載されていることから、公金の債権回収について「法的に確定している義務」に関する記載ということになる。 ここでいう「法的に確定している義務」とは、乙1号証の全体の記載内容からすると、健康保険料や介護保険料等の「自力執行権がある債権」であったり、地方公共団体が有する「自力執行権がない債権」でも債務名義がある債権 (例えば、公営住宅の家賃について確定判決がある場合等)など、債権の存在や内容が法的に確定しており、地方公共団体が差押え等をしようと思えば直ちにできる状態にある債務を示すと考えられる。そして、このような「法的に確定している債務」について、滞納処分、強制徴収や強制執行という法的手続に基づいていつでも強制的に債権を回収できる状態であるにも拘らず、債務者がその義務の履行を争って、「払わない」と発言した 場合には、すぐ後に控える強制力のある法的手続との関係で紛争性が顕在化したとみてそれ以上任意での交渉はせずに、その回収は上記強制力のある法的手続で実現すべきであるという考え方がその根底にあって、「単に『払わない』でも紛争性が顕在化」との括弧書きが記載されているものと考えられる。そのため、自力執行権のない受信料債権について、未だ債務名義を取得しておらず債権の存在が法的に確定せず執行力も付与されていない(すなわち強制力のある法的手続に直ちに移行できない)段階においては、当該記載部分は参考となるものではなく、上記記載内容を根拠に 受信料の支払い義務を負う者が単に「払わない」と発言しただけで直ちに紛争性が顕在化したとして「法律事件」となったと評価できるものではない。

ウ③について

甲6号証の記載内容は認め、その余は否認する。

 こでも、原告らは、自力執行権のある国民年金保険料に関しての文書を「その他一般の法律事件」に該当する根拠とするが、上記イで述べたと同様の理由で、当該国民年金保険料に関する文書の記載内容は、自力執行権のない受信料債権については参考となるものではない。

また、被告が業務委託契約を締結する法人に対して委託する業務が弁護士法7 2条本文にいう「その他一般の法律事件」に該当しないことについては後記第3第1項で詳述するが、甲4号証及び同7号証は、法的紛議が顕在化もしくは不可避である「その他一般の法律事件」を扱うことは前提とされていない。

ェ④について

  令和元年の参議院選挙においてNHKから国民を守る党が議席を獲得したことは認め、その余は否認ないし争う。

( 3 )「(ウ)その他の法律事務(本条)」についてア①について

同項記載の各判決の存在は認める。

イ②について

第1文のうち、甲4号証及び甲8号証の記載内容は認め、その余は否認

第2文のうち、業務担当者が未払いの受信料の支払いとして現金の受領を行うことがあることは認め、その余は否認する。

ウ③について

第1文は認めるが、その余は否認する。

業務委託契約書(甲1 )第3条1項に「乙は、本事業を遂行するために必要な方法等、本事業の細目のうち本契約に定めのないものについては、前条の趣旨を損なわない範囲で創意工夫を加え、乙の負担と責任において実施することができる。」と定められているように、訴外受託法人らが被告から委託された業務について有する裁量は、被告との業務委託契約に定めのないものについて、同第2条の趣旨を損なわない範囲で認められるものである。なお、同第2条1項においては、「乙は、甲が放送法に基づいて公共放送を行うことを目的として設立された法人であることを十分に理解し、甲の名誉および信用を損なうことをしてはならない。」、同2項においては、「乙は、法令を遵守するとともに、乙の負担と責任において善良なる管理者の注意をもって誠実に本事業を実施するものとする。」と定められており、当然のことながら、国民の法律生活上の利益を害するような業務遂行など認められていない。

ェ④について

否認ないし争う。

オ⑤について

同項記載の判決及び決定の存在並びに競争の導入による公共サービスの改革に関する法律第3 3条4項の規定が存在すること並びに日本年金機構が平成2 9年7月以降、戸別訪問による収納業務の外部委託を中止したことは認め、その余は不知ないし争う。

なお、日本年金機構のホームページによれば、「Q民間事業者にどのような業務を委託しているのですか。」、「Aお答えします国民年金保険料の納め忘れのあるお客様に対して、電話や文書、戸別訪問による納付案内と免除・猶予制度のご案内、戸別訪問による保険料のご案内、その他口座振替などのご案内を委託しております。なお、平成2 9年7月1 3日以降、委託事業者の訪問員による収納業務を中止していることから現金をお預かりすることはありません。」とされており(乙2 )、「戸別訪問による納付案内と免除・猶予制度のご案内、戸別訪問による保険料のご案内、その他口座振替などのご案内」は外部委託が継続している。

( 4 )「(ェ)」ないし「(キ)」について特に争わない。

( 5 )「(ク)法益侵害が高く、社会的に不相当であること」についてア「①」について不知。

イ「②」について

甲1 0号証に記載の各事案があったこと自体は特に争わないが、 その余は不知。

ウ「③」について

同項記載の最高裁大法廷判決の存在は認め、その余は否認する。

4「4被告による契約業務及び再開業務の本項違反」について

( 1 )「(ア)契約業務」について

ア柱書のうち、日本放送協会放送受信規約第5条において、受信契約者が受信機の設置の月の翌月から受信料を支払わなければならないと定められていることは認め、その余は否認する。

受信機設置日から放送受信契約書記入日までの受信料を被告が免除した事実はない。放送法6 4条2項は、「協会は、あらかじめ、総務大臣の認可を受けた基準によるのでなければ、前項本文の規定により契約を締結した者から徴収する受信料を免除してはならない。」と定めており、同条項に基づき定められた日本放送協会放送受信料免除基準(甲1 4 )を満たさない免除は、制度上も認められていない。

イ「①」について

甲1 1号証の放送受信契約書の用紙において、「受信機設置日」欄に「受信機の設置日がご記入日と同じ場合、 'この欄のご記入は不要です。」との記載があることは認め、その余は否認する。

ウ「②」及び「③」について

甲1 2号証及び甲1 3号証に写されている各資料の存在及び記載内容については認めるが、その余は否認する。

( 2 )「(イ)再開業務」について

日本放送協会放送受信規約第1 2条の2の内容及び被告が長期にわたり受信料が未払いである者に対して未払い受信料の支払いを求めて訴訟提起(支払督促申立て)など法的手続をとった際に延滞利息を含めた請求を行っていることは認め、その余は否認する。

( 3 )「(ウ)」及び「(ェ)」について

放送法6 4条の立法趣旨は認め、その余は否認する。

(ア)及び(イ)について、被告は受信料及び延滞利息の免除を行っているわけではない。

5 ,「5債務不履行」について

( 1 )「(ア)」についてア柱書は否認する。

イ1点目は認める。ただし、これらの機器は被告が原告らに貸与したものではなく、被告が訴外受託法人らに貸与したものである。

ウ2点目のうち被告が業務のマニュアル等を作成したことは認め、その余は否認する。

被告が契約業務や再開業務のマニュアルを作成しているのは、これらの業務が受信契約や受信料という特殊な法制度に関する特有の業務であり、公共放送を担う被告の事業を支えるための重要性を有することから、発注者である被告が受託法人に対して、その業務を正しく理解して、適切に業務を遂行してもらうためであるが、このマニュアルの存在により被告と原告らとの間に指揮・監督関係があると評価することは不可能である。

また、受託法人の従業員が業務の手順や遂行方法等についての問い合わせをする場合は、被告ではなく、受託法人の管理者を通じてなされるものとされているが、受託法人の従業員から被告に対して電話で、被告だけか保有する訪問先の過去の受信契約関係の情報等業務に関する問合せが入ることがあり(但し、その回数は多くはない。)、情報等を有する被告がそれらの問合せに回答することがある。しかし、このような問合せは、受託法人の従業員が業務遂行の必要性から自発的に行うものであって、被告からの指揮・命令に基づき行うものではなく、少なくともこのことが被告と原告らとの間の指揮・監督関係を基礎付ける事情とはなり得ない。

ェ3点目については、原告らが、2か月に1回程度、被告の集会に出席していたこと、被告職員が原告らに対し帯同して指導したことがあることは認め、その余は否認する。

2か月に1回の集会は、原告らと同様、被告が業務委託契約を締結する各受託法人の従業員が集まって行われるもので、原告らを含め毎回約6 0人程度が出席していた。集会では、各従業員に対して個別に指導等を行わず、雇用される法人も異なる6 0人程度の従業員全員に対して被告から一律に発注者として必要な連絡やアナウンスが行われていた。また、当該集会に参加できない者がいる場合であっても、別の日程で来局する必要などはなく、都合が付かない場合には、欠席も認められていた。

したがって、2か月に1回程度の集会への出席が原告らと被告との間の指揮・監督関係を基礎付ける事情とはなり得ない。

また、帯同指導は受託法人の管理担当者がその従業員に対し行うのが原則であり、ノウハウを有する被告職員が受託法人の従業員に帯同して指導するのは、経験の浅い従業員が入社したときや、受託法人の従業員の業務遂行について被告に苦情が寄せられたときなどの特段の事情がある場合で、受託法人の管理担当者と被告担当者とが協議して決まったときに限って実施されるものであり、帯同指導の回数は極めて少なく、恒常的に被告担当職員による帯同指導が実施されていたものではない。また、1回の帯同指導の時間は、長い時であっても、午後に合流して数時間業務に帯同する程度と短いものであった。

したがって、上記被告職員による帯同指導が行われたことが、原告らと被告との間の指揮・監督関係を基礎付ける事情となるものではない。

オ4点目のうち、原告らが全労働時間にわたり、専ら被告の契約・再開業務に従事したことは不知、労働場所・労働内容がナビタンで指示されたことは否認する。

原告らと被告との間には直接の契約関係はなく、被告が原告らに対して具体的な業務の場所や内容を指示することはない。原告らが業務を行うべき場所や業務内容は、被告から訴外受託法人らに委託された範囲の中で、原告らの使用者である訴外受託法人らが決定し、原告らに指示していたものである。

( 2 )「(イ)」について

同項記載の判決及び決定が存在すること並びに被告と原告らとの間に直接の契約関係がないことは認め、その余は争う。

ただし、後記第3第2項( 2 )イで詳述するとおり、原告ら指摘の大阪高裁判決は上告されており、最高裁の判断(最高裁平成3年4月1 1日判決・最高裁判所裁判集民事1 6 2号2 9 5頁)が存在する。

なお、原告らが指摘する最高裁決定は、被告と被告から業務委託を受ける 地域スタッフと呼ばれる個人事業主(以下「地域スタッフ」という。)との関係についての決定であるが、正確には、地域スタッフの労働組合法上の労働者性を認めた東京高裁平成3 0年1月2 5日判決(判例時報2 3 8 3号5 8頁)に対してなされた上告及び上告受理の申立について、上記最高裁決定において上告棄却及び上告不受理となったため、同高裁判決の内容が確定したものである(したがって、最高裁が地域スタッフの労働組合法上の労働者性に直接判断をしたわけではない。)。他方、地域スタッフの労働基準法上及び労働契約法上の労働者性については、それを否定した高裁判決が多く出されており(東京高裁平成1 5年8月2 7日判決・労働判例8 6 8号7 5頁、仙台高裁平成1 6年9月2 9日判決・労働判例8 8 1号1 5頁、東京高裁平成1 8年6月2 7日判決・労働判例9 2 6号6 4頁、大阪高裁平成2 7年9 月1 1日判決・判例時報2 2 9 7号1 1 3頁、大阪高裁平成2 8年7月2 9 日判決・判例タイムズ1 4 3 5頁1 1 4頁等)、いずれも上告棄却及び上告不受理等(最高裁平成2 8年3月8日決定、最高裁平成2 9年1月1 7日決定等)となって、上記各高裁判決はいずれも確定していることから、地域スタッフには労働基準法上及び労働契約法上の労働者性が存在しないことが確立した判例となっている。

いずれにしても、被告と原告らとの間には契約関係は全くないことから、被告と直接業務委託契約を締結する地域スタッフの労働組合法上の労働者性等の判断が本件の結果の帰趨に影響を与えることは皆無である。

( 3 )「(ウ)付随義務の具体的内容」について

原告らが個人であることは認め、その余は不知ないし争う。

( 4 )「(ェ)被告の付随義務違反」否認ないし争う。

       6      「6不法行為」について

 「7損害」について否認ないし争う。

「8結論」について

 

 

被告の主張

原告らは、被告が業務委託契約を締結する法人に委託する「契約業務」及び「再開業務」は弁護士法7 2条に違反すると断じた上で、被告は、違法行為であると同時に現行犯逮捕等の危険のある同業務に原告らを従事させていたので、安全配慮義務違反があったと主張している。

しかし、以下に述べるとおり、いずれの主張も失当である。

1弁護士法7 2条違反に関する主張について

原告らは、被告が業務委託契約を締結する法人に委託する「契約業務」及び「再開業務」は弁護士法7 2条に違反すると断じているが、以下のとおり、被告が業務委託契約を締結した法人に対して委託し、その従業員が従事するこれらの業務は、弁護士法7 2条に違反しない。

( 1 )最高裁平成2 2年決定について

弁護士法7 2条は、弁護士又は弁護士法人でない者が、報酬を得る目的で「その他一般の法律事件」に関して法律事務を扱うことを業とすることを禁じている。

最高裁は、被告人らの行った業務が「その他一般の法律事件」に該当するか否かが争われた事件で、「被告人らは、多数の賃借人が存在する本件ビルを解体するため全賃借人の立ち退きの実現を図るという業務を、報酬と立ち退き料等の経費の割合を明示することなく一括して受領し受託したものであるところ、このような業務は、賃貸借契約期間中で、現にそれぞれの業務を行っており、立ち退く意向を有していなかった賃借人らに対し、専ら賃貸人側の都合で、同契約の合意解除と明渡しの実現を図るべく交渉するというものであって、立ち退き合意の成否、立ち退きの時期、立ち退き料の額をめぐって交渉において解決しなければならない法的紛議が生ずることがほぼ不可避である案件に係るものであったことは明らか」であることを理由に「その他一般の法律事件」に該当することを肯定している(最高裁平成2 2 年7月2 0日決定・刑集6 4巻5号7 9 3頁。以下、「最高裁平成2 2年決定」という。)。

この最高裁決定は事例判断ではあるが、いかなる場合に「その他一般の法律事件」に該当するといえるのか、近時の最高裁の考え方を知る上で極めて重要である。

( 2 )被告が業務委託契約を締結した受託法人に対して委託した業務は、「その他の一般の法律事件」に該当しないことについて

ア原告らは、被告が業務委託契約を締結した受託法人に対して委託する業務のうち、契約業務及び再開業務を挙げて、弁護士法7 2条違反を主張している。

原告らのいう契約業務は、「業務委託契約書」(甲1 )の「1委託事業名および内容」の「( 1 )放送受信料の契約・収納業務」に続く「( 2 )内容」において、「①放送受信料の契約勧奨。取次業務およびこれに付随する事務」と記載されているものである。

また、再開業務は、「業務委託契約書」の上記箇所に「③放送受信料の未収者および一部未納者に対する支払の督励業務および未収受信料の収納業務ならびにこれらに付随する事務」と記載されているものである。

ィまず、被告が受託法人に対して委託する業務のうち、契約業務は、具体的には、受信設備の設置。契約種別の確認という事実確認と、それに基づく契約締結勧奨、任意に契約の締結に応じる場合に契約書の記入や支払方法の選択を説明するなどして放送法6 4条1項に定められた受信契約の締結義務に基づく契約の締結を取り次ぐ業務である。

この点、最高裁平成2 9年1 2月6日大法廷判決(民集7 1巻1 0号18 1 7頁、以下、「最高裁平成2 9年大法廷判決」という。乙3、1 1頁 1 6行目以下。)が、「放送法による二本立て体制の下での公共放送を担う原告の財政的基盤を安定的に確保するためには、基本的には、原告が、受信設備設置者に対し、同法に定められた原告の目的、業務内容等を説明するなどして、受信契約の締結に理解が得られるように努め、これに応じて受信契約を締結する受信設備設置者に支えられて運営されていくことが望ましい。」と判示しているとおり、受信契約は、受信設備設置者が任意に締結するのが原則である。そして、このような受信設備設置者が任意に応じる場合に、契約の勧奨や契約書の記入等契約の締結を取り次ぐ業務を、被告が受託法人に対して業務委託しているのである。

これに対し、受信設備設置者が任意に受信契約を締結しない場合には、被告は、やむを得ず最高裁平成2 9年大法廷判決も認めるとおり、放送法 6 4条1項に基づき、その者に対して受信契約の承諾の意思表示を命ずる判決を求めて提訴することがあるが、そのような法的手続の業務(その前段階の内容証明郵便等での請求業務や法的手続の準備業務も含む。以下、同じ。)は、被告職員や被告から委託された弁護士が担当しており、当然のことながら被告が受託法人に当該業務を委託することは一切ない。

ウまた、被告が受託法人に委託する業務のうち、再開業務は、具体的には、受信契約を締結している者のうち、受信料を滞納し、被告から請求書を送付する等したにもかかわらず、概ね1年以上の長期にわたり受信料が未払いである者に対して支払いの再開を促し、任意に応じる場合にその受信料を収納する業務である。

これに対し、任意での支払い再開の呼びかけに全く応ずることなく、受信料の滞納を継続し続ける受信契約者に対して、被告は、やむを得ず受信契約に基づき未払い受信料の支払いを求めて、簡易裁判所において支払督促を申し立てることがあるが、そのような法的手続の業務は、被告職員や被告から委託された弁護士が担当しており、受託法人が当該業務に関与することは一切ない。

ェこのように、被告が地域スタッフや受託法人に対して委託する業務は、いずれも、任意での契約締結や受信料の支払い再開等を求めるものであり、相手方が受信設備の設置事実を否定して受信契約の締結に応じない場合や受信契約の成立自体を争い受信料の支払い義務を否定する場合には、それ以上業務を継続することは予定されていない。

以上のとおりの被告が受託法人に対して委託している契約業務や再開業務の内容に鑑みると、これらの業務と、最高裁平成2 2年決定において「法的紛議が生じることがほぼ不可避な案件」であるとされた上で弁護士法7 2条違反と認定されたいわゆる地上げ案件における建物明渡交渉業務とは、大きく異なる。

すなわち、最高裁平成2 2年決定の事案で問題とされた業務は、「賃貸借契約期間中で、現にそれぞれの業務を行っており、立ち退く意向を有していなかった賃借人らに対し、専ら賃貸人側の都合で、同契約の合意解除と明渡しの実現を図るべく交渉するというものであって、立ち退き合意の成否、立ち退きの時期、立ち退き料の額をめぐって交渉において解決しなければならない法的紛議が生ずることがほぼ不可避である案件に係るものであった」とされている。このように賃貸借契約期間中で立ち退き義務がない賃借人に対して、合意解除と明渡しを求めて新たに交渉する業務であるため、立ち退き合意の成否、立ち退きの時期、立ち退き料の額等の交渉において解決しなければならない「法的紛議が生ずることがほぼ不可避である案件に係るもの」という評価がされている。

これに対し、被告が業務委託契約を締結した受託法人に対して委託する業務は、受信設備の設置・契約種別の確認という事実確認に基づいて、放送法6 4条1項により受信契約締結義務があると考えられる受信設備設置者に対して、任意での契約締結を勧奨する業務(契約業務)や、受信契約を締結し、受信料の支払い義務があるが、概ね1年以上の長期にわたり受信料が未払いである者に対して支払い再開を促し、任意に応じる場合にその受信料を収納する業務(再開業務)である。すなわち、これらの業務は、一定の事実関係に基づいて受信契約締結義務や受信料の支払い義務がある者に対し、任意でその義務の履行に応じることを求めるものであり、上記地上げ案件のように、賃貸借契約期間中で元々立ち退き義務がない賃借人に対して、立ち退きや立ち退き料等について合意をして権利義務関係を設定し直すような難しい法律問題を必然的に伴う交渉をする業務ではない。

よって、被告が地域スタッフや受託法人に対して委託する契約業務や再開業務が、「法的紛議が生じることがほぼ不可避な案件に係るもの」を取り扱う業務であると評価することは不可能である。

オ更に、被告が地域スタッフや受託法人に対して委託する契約業務や再開業務は、一定の事実関係に基づいて受信契約締結義務や受信料の支払い義務がある者について、任意でその義務の履行に応じることを求めるものであるから、受信契約締結義務を定めた放送法6 4条1項の趣旨や最高裁平成2 9年大法廷判決の上記イの考え方に合致し、受信料の公平負担に資する業務であると評価されることはあっても、最高裁昭和4 6年7月1 4日大法廷判決(刑集2 5巻5号6 9 0頁)が判示する「これを放置するときは、当事者その他の関係人らの利益をそこね、法律生活の公平かつ円滑ないとなみを妨げ、ひいては法律秩序を害することになる」業務に該当しないことは明らかであることから、弁護士法7 2条の趣旨に違反する業務でないことは疑いの余地がない。

カ以上の結論は、極めて長期間(記録に残っている限りでも、現在の被告の前身である社団法人日本放送協会であった昭和5年から外部の業務委託が行われていた。)、地域スタッフや受託法人などの委託先が被告の営業活動を中心的に支えてきたものであるが、その間、刑事事件においてはもちろんのこと、民事事件においても弁護士法7 2条に違反するとの認定を一度も受けたことがないという実務的実態にも整合するものである。

( 3 )小括

以上に述べてきたとおり、被告が業務委託契約を締結した受託法人に対して委託する契約業務や再開業務は、「法的紛議が生じることがほぼ不可避な案件に係るもの」には該当せず、弁護士法7 2条にいう「その他一般の法律事件」に関するものではないから、弁護士法7 2条に違反しない。

2安全配慮義務違反に関する主張について

( 1 )原告らが従事した「契約業務」及び「再開業務」は安全配慮義務が問題となるような業務でないことについて

ァ原告らは、被告が負う安全配慮義務の具体的な内容として、被告が業務委託契約を締結する法人に委託する「契約業務」及び「再開業務」が弁護士法違反7 2条に違反することを前提にして、「原告らを同業務に従事させるにあたり、同業務の本条違反及び本項違反の有無について弁護士や関係機関に相談等した上で、同業務の外部委託を中止する等することで、原 告らを違法な業務に従事させない義務」があり、「被告は、違法行為であると同時に現行犯逮捕等の危険のある同業務に原告らを従事させていたの である」として、安全配慮義務違反があるとする。

イ判例上、安全配慮義務は「労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務」とされており(最高裁昭和5 9年4月1 0日判決・民集3 8巻6号5 5 7頁、以下「最高裁昭和5 9年判決」という。)、実際にも、判例において安全配慮義務として認められているのは、専ら対象者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮するべき義務に限られている。また、安全配慮義務違反が認められた多くの事例は、工場や建設現場などで業務が行われる類型的に労働者の生命及び身体に対する危険が高い業務についてである。

ウこれに対し、被告が業務委託契約を締結した受託法人に対して委託した業務は、前記のとおり、受信設備の設置・契約種別の確認という事実確認と、それに基づく契約締結勧奨、任意に契約の締結に応じる場合に契約書 の記入や支払方法の選択を説明するなどして放送法6 4条1項に定められた受信契約の締結義務に基づく契約の締結を取り次ぐ業務(契約業務) 及び長期にわたり受信料が未払いである者に対して支払いの再開を促し、任意に応じる場合にその受信料を収納する業務(再開業務)である。

これらの業務はいずれも原告らの生命及び身体等に対する危険が及ぶものではなことから、そもそも安全配慮義務が問題となるような業務ではない。

ェまた、原告らが主張するのは、被告が「原告らを違法な業務に従事させない義務」であり、 ここでいう違法とは、弁護士法7 2条違反のことと思われるが、被告が業務委託契約を締結した受託法人に対して委託した業務が弁護士法7 2条に違反しないことは、前記第1項で詳述したとおりである。

原告らは、弁護士法7 2条違反の主張と、対象者の生命及び身体に対する危険に関する安全配慮義務違反の主張を何とか結び付けようとするためか、「現行犯逮捕等の危険」を指摘している。しかし、被告が業務委託契約を締結した受託法人に対して委託した業務について、少なくとも現行犯逮捕が認められるほどの犯罪の明白性や逮捕の必要性などはないことは明らかである。原告らは、「現行犯逮捕等の危険」に関連して、「N国党党首である立花孝志氏は、従前より同業務の本条違反及び本項違反を指摘したり、同業務の本条違反を理由として業務担当者を逮捕する旨配信、さらに本項違反を理由として刑事的な措置を警察に促す等している(甲1 5 )。」と主張しているが、現行犯逮捕が認められるほどの犯罪の明白性や逮捕の必要性などないにもかかわらず私人逮捕などを強行しようとするのであれば、むしろ逮捕自体が違法となる可能性が高いと考えられる。

オ更に、そもそも最高裁昭和5 9年判決が示す安全配慮義務は、雇主が労働者に対して負うものであるが、被告と原告らとの間には労働契約は存在せず、上記安全配慮義務の前提を欠く。

( 2 )被告は原告らに対して安全配慮義務を負う法的関係はないことについて

ア原告らは、被告と原告らとの間には直接の契約関係はないことは認めつつも、大阪高裁昭和6 3年1 1月2 8日判決(判例タイムズ6 8 4号5 7 頁)を根拠に、被告が原告らに対して安全配慮義務を負うと主張するようである。

イしかし、同判決に対しては上告がなされており、その上告審判決(最高裁平成3年4月1 1日判決・最高裁判所裁判集民事1 6 2号2 9 5頁。以下、「最高裁平成3年判決」という。)は、「上告人の下請企業の労働者が上告人の神戸造船所で労務の提供をするに当たっては、いわゆる社外工として、上告人の管理する設備、工具等を用い、事実上上告人の指揮、監督を受けて稼働し、その作業内容も上告人の従業員であるいわゆる本工とほとんど同じであったというのであり、このような事実関係の下においては、上告人は、下請企業の労働者との間に特別な社会的接触の関係に入ったもので、信義則上、右労働者に対して安全配慮義務を負うものであるとした原審の判断は、正当として是認することができる。」と判示している。

つまり、最高裁平成3年判決では、(ア)元請企業の管理する設備、工具を用いていること、(イ)事実上元請企業の指揮、監督を受けて稼働し、作業内容が元請企業の従業員とほとんど同じであること、を根拠に元請企業と下請企業の労働者との間に安全配慮義務の存在が肯定されている。

ウ以下、上記の最高裁平成3年判決の判断に即して、本件には上記(ア) 及び(イ)の事情は存在せず、被告が原告らに対し安全配慮義務を負う法的関係はないことについて言及することとする。

(ア)原告らの使用する設備や道具について

  この点について、原告らは、同人らが業務で主に用いる機材であるナビタン、キュービット等は全て被告からの貸与品であったと主張するが、これらの機材は、被告が、原告らではなく訴外受託法人らに対して貸与したものであり、訴外受託法人らにおいて管理し、原告らに使用させていたものである。

また、そもそも最高裁平成3年判決が、安全配慮義務を認める根拠として「管理する設備・工具等を用いている」ことを挙げるのは、「設備・工具等」を使用して業務を行う労働者には、これらの「設備・工具等」によって受傷し、その生命及び身体を害される危険があるが故に、その危険源を直接管理する元請業者に責任を負わせることが必要かつ相当であるということが根拠となっていると考えられる。同様の趣旨は、安全配慮義務の一般的定義を述べる最高裁昭和5 9年判決が、「労働者   が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用・・・する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務」と判示し、「場所、設備もしくは器具等」と「労働者の生命及び身体等」に対する危険を結び付けていることからも伺うことができる。

ところが、原告らが挙げるナビタンやキュービットといった機材は、これらを業務に用いることによって原告らの生命及び身体等に対する危険を生じさせるような設備・工具等でないことが明らかである。

すなわち、ナビタンとは、受信契約に関する顧客情報(対象者の氏名、住所、受信契約締結の有無・契約種別、受信料の支払い状況など) がダウンロードされた業務用携帯端末のことをいい、キュービットとは、受信契約者の玄関先でも各種カードによる支払いや口座振替の申込み等の手続を可能にする電子決済端末のことであるが、これらの機器が、使用者を受傷し、その生命及び身体等に対する危険を生じさせることなどおよそ考え難い。

したがって、ナビタンやキュービットが被告から訴外受託法人らに貸与されたものであるとしても、そのことが被告の原告らに対する安全配慮義務を基礎づける事情とならないことは明白である。

(イ)事実上の指揮・監督関係の不存在について

最高裁平成3年判決の事案は、生命及び身体等に対する危険を生じる可能性がある元請会社が管理する造船所の現場において、下請会社の労働者も事実上元請会社の指揮監督を受けて、元請会社の従業員とほとんど同じ作業を行っている場合は、信義則上元請会社は下請会社の労働者に対しても安全配慮義務を負うというものである。

他方、本件で問題となっている契約業務や再開業務は、生命及び身体等に対する危険を生じる可能性のある危険な現場で作業するという業務ではないばかりか、被告が管理する施設内において、原告らが被告の事実上指揮監督を受けて、被告の職員とほとんど同じ業務を行なっているという事情も全く存在しない。

したがって、最高裁平成3年判決の内容に照らしても、被告が原告らに対して信義則上安全配慮義務を負うことはあり得ない。

ェ小括

以上のとおり、被告と原告らとの関係は、最高裁平成3年判決が判示する「上告人の管理する設備、工具等を用い、事実上上告人の指揮、監督を受けて稼働し、その作業内容も上告人の従業員であるいわゆる本工とほとんど同じ」場合には該当しないことが明らかであるから、この点からも被告は原告らに対して安全配慮義務を負わない。

第4結語

以上のとおり、原告らの請求には理由がないことが明らかであるから、速やかに棄却されるべきである。

以上