石破 茂 です。
ウクライナの対艦ミサイル「ネプチューン」の命中によるとみられるロシアの黒海艦隊旗艦であった巡洋艦「モスクワ」の撃沈は、艦齢40年を超える老朽艦とはいえ、それなりに衝撃的な出来事なのでしょう。ロシアの(特に水上)艦艇はかなり特徴的な形状をしており、一体どのような設計思想なのか不思議に思っていたのですが、その道に詳しい方によれば、ソ連・ロシア海軍は1904年の日本海海戦以降ほとんど実戦経験が無いために、ダメージ・コントロールなどをあまり考慮しない「とにかく強そう」なフネになってしまっているとのことだそうです。これはロシアからの直輸入かコピーが多い中国人民解放軍海軍の艦船にも同じことが言えるのかもしれません。
当然のことながら、陸海空の防衛装備品の設計思想は戦争の勝敗にも影響します。太平洋戦争中、ダメージ・コントロールを軽視した帝国海軍の空母がほぼ全滅したのに対し、これを徹底的に重視した米海軍の空母は損傷を受けてもその多くが戦列に復帰しましたが、外観上からもその違いがよく分かります。開戦初頭において圧倒的な強さを誇った零戦が、やがて米軍のグラマンに敗れ去るに至ったのも同様です。
いかに「ネプチューン」が高性能とはいえ、二発が命中しただけで大型艦が沈んでしまうという信じがたい光景に、1982年のフォークランド(マルビナス)紛争の際、イギリス駆逐艦「シェフィールド」がアルゼンチン海軍の放ったフランス製ミサイル「エグゾセ」によって撃沈されたことを想起しました。
映画「亡国のイージス」(2005年・日本ヘラルド映画・松竹配給)では、海上自衛隊の護衛艦「うらかぜ」(架空)が、北朝鮮のテロリストに乗っ取られたミニ・イージス艦「いそかぜ」(架空)の発射した対艦ミサイル「ハープーン」によって撃沈されるシーンが出てきます。この時、中井貴一さん扮する「いそかぜ」幹部に化けた北朝鮮工作員が「良く見ろ、日本人。これが戦争だ」という極めて印象的なセリフを言うのですが、これも鮮明に思い出しました。ご関心のある方は、是非原作(福井晴敏著・講談社・1999年)と併せてご覧ください。原作には、日本の防衛法制や防衛力整備の問題点が極めてリアルに描かれており、四半世紀近く経った今も本質はあまり変わってはいないように思われます。「この戦争でロシアは日本円にして1日2兆円もの戦費を使っており、やがて財政的に行きづまり、それが戦争の終わる時期の目途となる」との報道がありますが、これは計算の根拠も不明な、随分といい加減な話だと思います。ロシアが喪失した車両・艦船・航空機などを全部新品に更新したと仮定し、兵士の給料や燃料費・食糧費などを全部合算すればこうなるのかもしれませんが、あまりに現実と乖離しており、このような説を報道する見識を疑います。「巡洋艦モスクワ沈没で950億円の損失」との報道も同様で、艦齢39年の老朽艦にそのような価値があったとはとても思えません。
東部の要衝マウリポリの攻防でその存在がクローズアップされている「アゾフ大隊」の実態も日本国内ではあまり報道されません。いったいこれはどのような組織なのか。その部隊章がナチスの記章を模したものであるように、組織された当初は反ユダヤ的極右思想を有していたと思われます。2014年のクリミア侵攻以降、ウクライナ正規軍の下に組み込まれたとされていますが、いまだに独立した指揮系統を有しているとの説もあります。プーチン大統領の「この戦争はネオナチの迫害からロシア系住民を守る特別軍事行動である」との主張を正当化させないためにも、アゾフ大隊の今の組織的立ち位置は報道されてしかるべきではないでしょうか。
このように、今回も国内報道では軍事的な情報の不正確さや不明確さが目立ちます。民主主義国においては国民世論が大きな力を持つのであり、だからこそ情報収集能力の強化は極めて重要なのです。昨日、自民党安全保障調査会がとりまとめた「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」の中に、「政府全体として防衛駐在官の更なる活用を含めた情報収集能力の強化」「国家情報局の設置」が書き込まれました。
報道では防衛費の対GDP比2%と、今後保有すべき反撃能力が大きく取り上げられています。しかし安全保障環境が平穏なら1%でも多いのでしょうし、厳しければ2%でも足りないのは当然で、対GDP比の数字それ自体に積極的な意味があるとは思いません。
陸・海・空三自衛隊の運用はさらに統合されるべきであり、防衛力整備も単に陸・海・空の要求を足したものではなく、想定されるオペレーションに応じて統合的になされなくてはならず、その体制を整備する必要性も明記しました。個別最適の総和が全体最適なのではありません。
「司令官の新設を含めた常設統合司令部」の設置も、実現すれば大きな前進になります。統合幕僚長は自衛官の最高位ではあっても、あくまでスタッフ=「幕僚」であって「司令官」ではありません。日米同盟においても統合幕僚長のカウンターパートは米軍統合参謀本部議長であり、実際に米軍の作戦を指揮する太平洋軍司令官ではありません。つまり太平洋軍司令官のカウンターパートは不在だったわけです。このような摩訶不思議なことが今まで罷り通ってきたのは、実際に戦争が起こることを想定していなかったからであり、これでは抑止力にはなりません。これも我々政治の重大な怠慢であったと、心より申し訳なく思っています。従来、「策源地攻撃能力」「敵基地攻撃能力」「敵地攻撃能力」などと言われてきたものを、今回「反撃能力」として整理し、その能力整備が提言の中に明記されました。専守防衛との関係を論理整合的に説明することは極めて重要で、どのような抑止力として位置付けるのかと併せて、かなりの議論を積み重ねなければなりません。
今回の議論では「防衛費はNATO並みの対GDP比2%を目指すべきだ」「左翼政権のドイツですら2%を実現すると言っている」という趣旨の発言も多かったのですが、NATOの性格や財源論に言及したものはあまり見かけられませんでした。予算規模云々よりも、集団的自衛権の行使、シェルター整備などの国民保護、シビルディフェンス・民間防衛体制についてこそ、NATO並みを目指すべきでしょう。
ちなみに対比2%を達成するためには約5兆円が必要となりますが、健全財政を厳しく課されているEU各国とは異なり、財源は増税か国債発行に依らざるを得ません。我々はこの点もきちんと国民に説明する責任を果たさねばなりません。昨日、一昨年コロナで急逝された外交評論家の岡本行夫氏を偲ぶ会が開催されました。森喜朗元総理、小泉純一郎元総理など、どなたのスピーチも心の籠った内容の深いもので、とても素晴らしい会でした。
岡本氏にはイラクへの自衛隊派遣をはじめとして、お亡くなりになる直前まで本当にお世話になりました。希代の戦略家であり、人情家であり、熱血漢であった岡本さんの御霊の安らかならんことを心よりお祈り申し上げます。遺稿となった「危機の外交」(新潮社刊)を連休中に読んでみたいと思っています。来週28日に「ラーメン文化振興議員連盟」が発足し、会長に私が就く予定、との報道に、一部で随分と反響があり、いささか当惑もしています。
全国各地で講演する時には、あらかじめそのまちの人気ラーメン店やメニュー・お値段・特長などを調べていくのですが、他のどのようなソウルフードよりもお客様の反応が多く、やはりラーメンは本当の国民食なのだな、とつくづく思います。
コロナ禍で客足が鈍っているのに加えて、ロシア情勢や円安で材料費が値上がりし、全国で厳しい経営状況にあるラーメン業界に、少しでもお役に立てることがあれば、そして各地の「ご当地ラーメン」をてこにした地域振興に寄与できれば、望外の幸せです。週末は、23日土曜日に大阪府私立病院協会青年部会の第300回総会・勉強会で講演の予定です(午後7時・大阪市内)。
「人口減少社会における日本医療・介護・福祉の今後の在り方」という演題を頂いており、自分の勉強にもなりますので、とても有り難く思っております。
医療改革関連で最近読んだ(読み直し含む)中では「医学は科学ではない」(米山公啓著・ちくま新書・2005年)、「医学の勝利が国家を滅ぼす」(里見清一著・新潮新書・2016年)、「日本の医療の不都合な真実」(森田洋之著・幻冬舎新書・2020年)、「養老先生、病院へ行く」(養老孟司・中川恵一著・エクスナレッジ・2021年)から大きな示唆を受けました。
24日日曜日は「Mr.サンデー」(フジテレビ系列・午後10時~)に出演する予定です。連休も間近となりました。皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。