安倍元総理追悼演説など

 さる25日、衆議院本会議場での野田佳彦元内閣総理大臣による故・安倍晋三元内閣総理大臣に対する追悼演説は、一点の非の打ちどころもない、実に見事なものでした。衆議院の議会史に残る、名演説であったと思います。
 総理大臣という他に比べるべくもない重圧と孤独を知る者でなければ決して語れない言葉でした。野田元総理と安倍元総理は、政策も政治姿勢も異にした政治家であり、安倍元総理を美辞麗句で誉めそやすようなことはありませんでした。有権者と常に正面から向き合い、言葉で説得して理解を求める政治姿勢を身上とされる野田元総理に対し、安倍元総理は、特に第二次政権以降、政治は結果がすべてであると敢えて割り切られ、敵と味方を峻別する手法をたびたび用いられました。結果は野田政権がわずか一年で潰え、安倍政権は史上最長の在任期間を記録しました。それが国民の選択であったことに、野田氏は割り切れない思いを持っていたのかもしれません。
 追悼演説の白眉は後段の部分でした。
 「長く国家の舵取りに力を尽くしたあなたは、歴史の法廷に、永遠に立ち続けなければならない運命(さだめ)です。安倍晋三とはいったい何者であったのか。あなたがこの国に遺したものは何だったのか」「その『答え』は、長い時間をかけて、遠い未来の歴史の審判に委ねるしかないのかもしれません。そうであったとしても私はあなたのことを問い続けたい」「国の宰相としてあなたが遺した事績をたどり、あなたが放った強烈な光も、その先に伸びた影も、この議場に集う同僚議員たちとともに、言葉の限りを尽くして問い続けたい。問い続けなければならないのです」
 野田氏の言葉は、故・安倍氏に向けられていると同時に、我々議員に対しても、国民すべてに対しても向けられたものでした。その言葉どおり、今こそ冷静に光と影を検証し、次代に繋ぐ糧としなければなりません。
 ここ十年あまり、政治やジャーナリズムの言葉が粗くて、心に響かない、空疎なものになってしまったように思います。何故政治はこのようなことになってしまったのか、己を顧み、反省しなくてはなりません。
 良かれと信じて導入した小選挙区制でしたが、野党の無気力と分裂状態に助けられて、自民党が自滅したごく一時期を除いて自民一強が続き、厳しい議論や有権者に対する真摯な説明の機会が失われてしまったことは否めません。人々の心を震わせて政治を動かすのはあくまで言論の力であり、我々はその修練にもっと力を尽くすべきことを改めて感じさせられた野田氏の追悼演説でした。

 山際大臣の辞任に伴い、極めて異例の総理大臣の謝罪発言と、これに対する野党の「質問」、総理の「答弁」(形式上は質問でもなければ答弁でもなかったのですが)。こちらはあまり人々の心を震わせるものではなかったように思えました。
 併せて己を顧み、自重自戒せねばと思います。

 本日の総務会で経済対策について政府より説明があり、了承されました。
 総務会の前には各省庁の幹部が総務一人一人に説明をするのが慣わしで、そこで了とした以上、総務会で否定的な発言するのはフェアではありません。経済対策それ自体はあまり目新しいものもなく、当面為すべきことを総花的に羅列した印象ですが、今求められているのは「物価上昇と賃金上昇の好循環」なのではないでしょうか。
 円安やウクライナ情勢による物価上昇に対して当面の対策が必要なのは当然ですが、日本特有の「安売り競争による労働者の賃金抑制」の構造を改めない限り、経済の回復はおぼつかないように思われます。消費者がモノやサービスに対して安さを求めるのは当然の心理かもしれませんが、それが労働者の賃金を抑えてきたことをもっと正面から論じなくてはなりません。労働者(労働組合)も、雇用の安定を重視するあまり、正当な労働の対価としての賃金の上昇にかつてのような熱意を失ってしまったように見えるのは私だけなのでしょうか。
 渡辺努・東大大学院教授の論考によれば、米国の大恐慌(1929年)において生じたデフレに対し、当時のルーズベルト大統領は公共事業を主体とするニューディールと共に、物価値上げを目的とする企業のカルテルを一時的に容認する政策を採ったとのことですが、傾聴に値するものではないかと考えています。

 日本政府がトマホーク導入に向けて米国に対し打診している旨が本日の読売新聞朝刊一面に大きく掲載され、テレビ・ラジオでも報じられています。防衛関係でこのようなスクープが出るのはいつものことで、なんらかのリークがあったことは想像に難くありませんが、20年前にも当時の防衛庁内で同じ議論がありました。当時の北朝鮮の弾道ミサイルは液体を燃料とする固定式のもので、燃料充填に数時間を要し、移動も困難であったのでトマホークの有用性について積極的な意見が出されたのですが、米側からはほとんど等閑視されたように記憶しています。
 現在は固体燃料で発射までの時間は極めて短く、その多くが輸送起立発射機(TEL)から発射されます。そのような目標に正確に命中させるために必要な前提はなにか。トマホークは基本的に亜音速で飛行する飛行機類似のものなので、発射の兆候を早期に捉えられなければ、目標に到達したときには既に発射が終わっているという事態もなしとはしません。十分な破壊力を有する弾頭についても検討が必要です。
 信頼する浜田靖一大臣のことですから、これらもすべて検討したうえで最終的な判断がなされることと思いますが、議論を専門家(自衛官を含む)任せにしないことが真の文民統制に繋がるのだと思っております。

 今週の都心は爽やかな秋晴れの日が続きました。来週はもう11月、皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。 

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石破茂
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