食料自給力など

 臨時国会の召集日がほぼ10月20日に確定し、解散・総選挙の有無が取り沙汰されています。
 所信表明演説も行わないまま冒頭解散、などという馬鹿なことはよもやないと思われますが、最低限、補正予算の成立までは解散・総選挙など行うべきではありませんし、国民の信を問うのであれば、防衛予算と少子化対策の財源をきちんと示したうえで問うべきです。
 増税分は国民に還元する、という減税話は一時的に好感されて支持を伸ばすのかもしれませんが、防衛にしても少子化対策にしても、政策が恒久的であるのなら財源も恒久的なものを併せて提示すべきもので、それを国民に向けて説明し、実行するのが責任政党の矜持というものではないでしょうか。名目賃金(実質賃金ではなく)や物価が上昇すれば所得税や消費税が、円安で輸出企業の円建ての利益が増加すれば法人税が増収になるのは至極当然のことで、税収増と、国民生活の向上、あるいは非製造業の中小零細企業の業績とは、何ら関係するものではありません。税収が伸びた分は当面、防衛費や少子化対策(本来あるべきは「少母化対策」です)にこそ充てるべきであり、安易に減税に走るとますます将来の財政的自由度が失われ、目の前の人気取り政策と言われても仕方ありません。法人税減税にめぼしい意義は見出せず、もしも経済的格差の拡大を是正する方向性を考えるのであれば、消費税の逆進性の軽減を議論すべきではないでしょうか。
 かつての高度成長期の日本のような、「国内で作って海外に売る」というビジネスモデルには好循環が構造的に機能したが、これが近年のように「海外で作って海外に売る」という形に転換してしまうと、「成長するために国内の労働者に対する分配を減ずる」という手法に走る傾向があり、成長と分配とは循環よりむしろトレード・オフの関係にとなるのではないか、というのが社会学者の大澤真幸氏の主張です。
 「裕福な国の金持ちと貧困な国の労働者との間には利害の一致があり、そこから外されているのが裕福な国の労働者である。経済成長は前者を増すことになるが、後者はその恩恵を受けられない。成長すればするほど、裕福な国では格差が拡大する傾向にある。」
 「20世紀末以降のグローバル化した資本主義の下では、成長と分配はトレード・オフの関係にある。それなのにたいした策もなしに『成長と分配の好循環』をスローガンに掲げ、それを『新しい資本主義』と名付けるのは能天気であるという他ない」
 「日本がグローバルノースに属する他の国々と比べると今のところ格差が小さいのは、分配がうまくいっているからではなく、日本経済だけが成長していないからである」(以上、「『新しい資本主義』のその先へ」Voice・2023年10月号所載)。
 同氏はこのように述べた上で、インターネットなどを運営する巨大なプラットフォーマーがネット上で提供しているサービス空間を中世の荘園に擬え、「本来私的に所有されるべきものではないモノ(情報プラットフォーム)に私的所有権が打ち立てられているテクノ封建主義」の下で格差が極端に広がるのは当然であって、成長と分配のメカニズムを機能させるためには巨大なプラットフォーマーたちが持っている「デジタルな荘園」をコモンズとして開放する国際的なルールの確立が必要であり、日本は他国の指導者やステークホルダーたちと連携する外交を展開すべきであるとの結論を導いておられます。
 「Voice]のような雑誌にこういった論考が載ること自体、興味深いことだと思いますし、現状の分析はかなり的確であるように思われます。前回ご紹介した「お金の向こうに人がいる」(田中学著・ダイヤモンド社刊)もそうですが、斬新な視点の論考に接するのはとても知的にスリリングな体験です。

 次期通常国会に提出が予定されている「食料・農業・農村基本法」の改正では、「食糧安全保障の強化」が謳われるとのことですが、自給率の分母を「全ての国民が生存に必要とするカロリー」にとし、想定する期間を明確にすることが極めて重要で、「銀座のネズミも糖尿病になる」などという飽食の食生活水準を分母に置くこと自体、非常識で不真面目です。自分に対する多大の反省を込めて言えば、防衛分野での「継戦能力」と同様、食料自給力(率ではありません)の内容を今まで精密に分析して真剣に考えてきたとは思われません。
 森喜朗内閣の農林水産総括政務次官(今の副大臣)在任中、分母の設定次第でどうにでも変わり得る「自給率」ではなく、農地面積、農業者の持続的な人口構成、農業インフラの整備率、反収などの技術をそれぞれ指標化し、これを総合した「自給力」を目標値とすべきであることを提唱したのですが、内閣退陣に伴う退任で具体化はしませんでした。
 多大の税金を投じてコメの生産を抑制し、米価を高く誘導して消費者に二重の負担を強いてきたにもかかわらず、自給率が低下し続けてきたことの検証も不可欠です。防衛大臣在任中に「防衛省改革」、農水大臣在任中に「コメ政策改革の方向」をそれぞれ文書として取りまとめて発表したのですが、どちらも当時に想定した地点にはいまだに至っていないことに忸怩たる思いです。防衛にせよ食料にせよ、安全保障についての議論を今度こそ避けてはなりませんし、たとえ既得権を侵害するとして不人気な政策であっても断固としてやり抜かなくては、将来の日本に禍根を残すことになります。我々は決して、人気取りや票集めを目標としてはならないのです。

 参議院高知・徳島合区選挙区、衆議院長崎四区の補欠選挙が22日に投票となり、どちらも与野党一騎打ちの様相となっています。高野光二郎参院議員の辞職、北村誠吾衆院議員の逝去に伴うもので、どちらも元々自民党の議席だったのですが、情勢は予断を許さないようです。特に高知・徳島は合区の補欠選挙であることに加えて、自民党議員の不祥事が原因で行われる選挙という悪条件が重なっており、いままでのような「立憲共産党!」などという野党批判だけでは勝利は難しいと思います。私も明日6日には安芸市と南国市に参りますが、地元の課題を正確に把握したうえで、驕り高ぶることなく低姿勢に徹し、ひたすら謙虚に誠心誠意お願いする他はないと思っております。

 随分と昔のことで、覚えているのは我々衆院当選12回生以上しかいなくなってしまいましたが、平成元年6月の参議院新潟選挙区の補欠選挙で、自民党公認候補が、リクルート事件など当時の政治状況を厳しく糾弾する土井たか子社会党委員長のマドンナブームに乗った社会党公認の女性候補に惨敗したことが、その後の宇野総理の下での参院選大敗、宮沢内閣不信任案可決、自民党下野に繋がりました。参議院の補選を決して甘く見てはなりません。

 秋の爽やかさが感じられないままに、季節が初冬へと移ったかのような今週末の都心でした。今年もあと百日も残っておらず、時の経つのが加速度的に早くなる時期を迎えます。皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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石破茂
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