「VERDAD」連載「田中康夫の新ニッポン論」Vol.88「アリとキリギリス」

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人口は日本の4割に過ぎぬ韓国は、国民1人当たりGDPと労働生産性が日本を上回っています。OECD=経済協力開発機構の資料に拠れば、2年前の2018年段階で既に。

“日本凄いゾ論”に酔い痴(し)れる「歴史修正主義」妄信者は「為替の誤差」だと言い張るでしょうが、寧ろ逆です。東日本大震災が生起した2011年に1ドル≒76円と「バブル期」を超える史上最高値の円高を瞬間的に記録して以降、「為替の誤差」がプラスに働く円安ニッポンなのです。

数値を正確に載録すれば、日本の国民1人当たりGDPは4万1501ドルで、労働生産性は7万6189ドル。韓国は4万2135ドルと8万1071ドル。

10月25日に78歳で逝去した李健熙(イ・ゴンヒ)氏はサムスングループ“中興の祖”。日本の早稲田大学第一商学部、米国のジョージ・ワシントン大学経営大学院へ留学後に入社した彼は、創業者・李秉喆氏の三男。父親の死去に伴い1987年、グループ会長に就任。

長男の李在鎔(イ・ピョンチョル)氏に実質的権限を移譲する迄の27年間に、同グループの総売上高は13・5兆ウォン≒1兆2400億円から25倍の334兆ウォンへと拡大。スマートフォン、薄型テレビ、NAND(ナンド)型フラッシュメモリー、DRAM(ディーラム)半導体メモリー、有機ELディスプレイ等の分野で世界首位のシェア。因(ちな)みに2020年10月29日にサムスン電子が発表した2020年7~9月期決算も、営業利益は前年同期比59%増と大幅増益。売上高も四半期ベースで過去最高の8%増を記録しました。

日本経済新聞が毎夏に発表する「主要商品・サービスシェア世界市場調査」2018年版。情報・デバイス分野、エレクトロニクス分野、ネット・通信分野の計13品目の上位5社に日本企業は皆無。2020年8月12日付に掲載の2019年版も同様の惨状。

デジタルカメラ、A3レーザー複写機・複合機は前年に引き続き日本企業が上位5社を独占。が、それらは何れも市場規模が急速に縮小し、日本でなくとも製造可能な「コモディティ化」した分野なのです。

中央省庁全体で5万5千件以上も存在する行政手続き。オンラインで完結可能なのは全体の7・5%。確定申告を含めても、政府サイト申請経験者は国民の僅か5・4%に過ぎません。

他方で「縦割り行政打破」を喧伝(けんでん)する日本政府は、国家と国民の情報を一元化する政府基盤クラウドの構築を、豈図(あにはか)らんやAmazonに発注。「DX=デジタル・トランスフォーメーション」の第一歩は「日の丸IT企業」でなく、税金を何処で支払っているかも定かでない「無国籍企業」に委ねる日出ずる国ニッポンなのです。

“日経の良心”たる大島三緒(みお)論説委員は1面左下「春秋」10月5日付で、自他共に認めるIT先進地域の韓国も台湾も、日本統治時代の残滓(ざんし)たる「印鑑登録制度」を堅持していると紹介。伝統文化を重んずる筈の「保守」が「廃仏毀釈」の如く婚姻・離婚届出時の押印も撲滅する「英断」に違和感を表明。

今から40年前の僕の処女作『なんとなく、クリスタル』は、翌1981年に単行本を上梓。ドイツ語、英語に加えて韓国では3つの出版社から朝鮮語で、著者も版元も与(あずか)り知らぬ内に発売されます。題して『オッチョンジー・クリスタル』。往時、大韓民国は万国著作権条約に未加盟。何れも海賊版(ブートレッグ)で、印税は1ウォンも僕に支払われませんでした。

とまれ、日本を眩(まぶ)しく見上げていたであろう韓国の若者。その40年後、「学術芸術の隆盛も国の繁栄」との国家戦略が実を結び、全世界で通用する映画や音楽が隆盛です。有料会員数2億人到達のNetflixも韓国発コンテンツに大きく依存しています。

翻(ひるがえ)って日本。「説明出来る事と出来ない事がある」と日本政府が巧言する日本学術会議を巡って紛糾しています。

2020年11月8日午前2時に共同通信は、『「反政府先導」懸念し拒否 官邸、学術会議候補6人 過去の言動を問題視か 安保法や特定秘密』と題する記事を会員制サイト「e-WISE」で配信。『表層深層「学術会議」首相、追及回避へ本音秘匿 拒否理由「ゼロ回答」貫く』で詳述も掲載しました。

「『6人が政府に対する反対運動を先導する懸念がある』という本当の理由が明るみに出れば、収まらない批判の火に油を注ぎかねない」。「『本音』を秘匿して追及をかわし、事態が沈静化していくことに期待する姿勢が透けて見える」。「政府関係者は任命拒否の判断に至った背景に、学術会議を政府批判の先鋭的な集団にさせてはならないとの危機意識があったと明らかにした」。

柿崎明二内閣総理大臣補佐官が転進直前まで論説副委員長を務めていた“共同通信社ならではの核心に迫る記事”です。

が、想像を超える“反響”に恐れを成したのか11月10日、「首相、人事の事前調整は適法 日本学術会議の会員任命拒否巡り」と題する「転向」記事を全国の加盟媒体に配信。即ち「適法」か否かを、国権の最高機関たる立法、法治国家のチェック機関たる司法、その何れでもなく行政の長たる一個人に「総合的・俯瞰的」に委ねる「多様性」を示したのです。

閑話休題。「反政府運動」を主導する危険人物としてパージされた6人の学者とは一体、如何なる思想の持ち主でありましょう?

6名の中の1人である加藤陽子氏は、保守論壇の旗手だった小林秀雄生誕100年周年を記念して新潮文芸振興会が創設の小林秀雄賞を2010年に、『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』で受賞。

それは、イエズス会が経営母体の中高一貫男子校・栄光学園で冬休みに行った5日間の集中授業を纏めた内容です。2009年に上梓された同著は2016年に文庫化され、無国籍企業Amazonの新潮文庫のカテゴリーで現在1位のベストセラーです。

日清戦争・日露戦争・第1次世界大戦・満州事変と日中戦争・太平洋戦争の5章で校正された同著は、導入部分の序章「日本近現代史を考える」で、ピューリッツァ賞を受賞したデーヴィッド・ハルバースタムの書名「ベスト&ブライテスト」を援用しています。

米国版インパール作戦と評すべきヴェトナム戦争の泥沼を齎(もたら)したのは、「ベスト&ブライテスト」と評されていたアメリカ政府機関の「補佐官」集団が、ビジネススクール的“アルゴリズム”な形式知には優れていたものの、僕が“勘性”と呼ぶ人間としての暗黙知に乏しかったのが原因だと看破した名著。

因みに栄光学園は、和泉“#コネクト大坪”洋人(ひろと)内閣総理大臣補佐官の母校です。福田康夫氏が心血を注いだ公文書管理法の制定を受けて2010年に設置された内閣府公文書管理委員会で委員を務めた彼女にも拘らず、官邸「革新官僚」が脊髄反射した、それが深意なのでしょうか。

同じくパージされた宇野重規氏は、2007年に『トクヴィル-平等と不平等の理論家』でサントリー学芸賞を受賞しています。

アレクシ・ドゥ・トクヴィルは、ナポレオン3世ルイ・ナポレオンのクー・デターに巻き込まれて逮捕された19世紀フランスの外務大臣。当時、福沢諭吉も紹介した著書『アメリカのデモクラシー』で知られる政治思想家でもあります。近代社会の最先端を突き進んでいる米国が早晩、迎えるであろう「多数派の世論による専制政治」は、新聞という紋切型な論調のメディアに因って齎されると看破した彼は、であればこそ「知識人」の存在が重要だ、力説しています。

それは唯我独尊で上から目線な「知識人」の傲慢には断じて非ず。「人々の革命への要求を先取りするような その結果 人々が革命など必要としなくなるような賢明な政治」という「しなやかな是々非々」を唱え、ジャコバン派の恐怖政治やナポレオンの独裁政治を1790年上梓の『フランス革命についての省察』で逸早く予見していた、同じく政治家で文筆家だったイギリスのエドマンド・バークに通ずる「真っ当な保守」の立ち位置がトクヴィルなのです。

にも拘らず、日本国際政治学会理事長を務めた尊父の宇野重昭・元成蹊大学学長が晩年、「彼の保守主義は本当の保守主義ではない。彼らの保守は『なんとなく保守』でナショナリズムばかりを押し出します。私は彼を、安倍晋三さんを100%否定する立場ではありません。数%の可能性を今も信じています。自己を見詰め直し、反省し、もっとまともな保守、健全な意味での保守になってほしい」と諫言(かんげん)していた恩師の愛情を、警察庁出身で元内閣情報調査室長の杉田和博官房副長官は汲み取れず、子息は“貰い事故”に遭ってしまったのです。

因みに宇野重規氏は讀賣新聞書評委員として、拙著『33年後のなんとなく、クリスタル』書評を2014年11月30日付紙面に寄稿しています。曰く、「主人公達は決して変わった訳ではない、変わったのは日本社会だ、と著者は主張しているようにも思える。かつて自分らしい快適さを求めた彼女たちは、その延長線上に、いま、自分たちなりに社会に対してできることを考えている。これに対し、日本社会の方がむしろ自らを見失い、危うい方向に走り出しているのではないか、と」。

サントリー学芸賞は学術界に於ける謂わば「芥川賞・直木賞的登竜門」です。而してサントリー学芸財団に100%出捐(しゅつえん)するサントリーホールディングスの新浪剛史代表取締役社長は、菅義偉内閣総理大臣が任命した経済財政諮問会議の一員。虎の威を借る2名の官邸「革新官僚」は、歴代首相の顔に泥を塗りかねぬ“贔屓の引き倒し”を行っているのやも知れません。

他方で目出度く日本学術会議第25期会員として今回お墨付きを得た99人の中に潜り込めたのが、劇作家の平田オリザなる御仁(トロツキスト)。「悪夢の民主党政権」と呼ばれし鳩山由紀夫・菅直人・野田佳彦トリオの治世下に内閣参与として首相の施政方針演説を担当していた彼は、芸術文化観光専門職大学なる奇妙奇天烈な名称で兵庫県豊岡市に2021年4月開学の県立大学で学長に就任予定です。

願わくば野党の「論客」の皆さんは予算委員会等での質疑の際、枕詞として毎回触れるべきです。「前例踏襲」や「既得権益」を打破する政権方針の一方で「総合的・俯瞰的」な観点に立ち、「『悪夢の政権』の知恵袋を重用下さる“懐の深さ”に感謝申し上げます」と。

論より証拠。「官邸はこの6人が政府の重点政策に強い反対を打ち出し、国会を含む公の場で積極的に発言していたと判断。今後も同様の主張を続け、学術会議内でも反対運動を主導しかねないとして『公務員としては適任ではない』と考えた」と共同通信が報じた厳格な審査を括り抜けた俊英なのですから。

とまれ、“近くて遠い国”韓国の国家戦略と異なり、「クールジャパン」の惹句を掲げて漏水の如くに税金投入の、費用対効果の議論すら欠落した官民ファンド海外需要開拓支援機構から122億円ゲットした吉本興業の「吉本新喜劇」も顔負けなドタバタ劇が本日も絶賛上映中なニッポンです(涙)。

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2000年9月26日「ナイツのちゃきちゃき大放送」文字起こし
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印鑑撲滅「廃仏毀釈」ラッダイト運動の件
関連するYa‘ssyツイート
https://twitter.com/loveyassy/status/1312949507886256129
日本経済新聞2020年10月5日付「春秋」
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO64595930U0A001C2MM8000/


「大阪住民投票と日本学術会議」まとめサイト
「モーニングCROSS」フリップも掲出
https://tanakayasuo.me/osakareferendum
宇野重規氏『33年後のなんとなく、クリスタル』書評@讀賣新聞


宇野重樹氏とのツイート遣り取り 2014年11月30日
今朝の読売新聞に、田中康夫さんの『33年後の、なんとなくクリスタル』の書評を書きました。ちなみに私、「官能」という言葉を生まれてはじめて使いました。
https://twitter.com/unoshigeki/status/538870848573034496
宇野重規さま大変に嬉しく有り難く拝読。今回の「いまクリ」最初の書評掲載が朝日・日経・毎日でなく讀賣だったのも新鮮な「官能」
https://twitter.com/loveyassy/status/538873980145254400
ご丁寧にありがとうございます。文学作品としてたいへん楽しく拝読し、かつ註を中心に社会批評として共感する部分が多かったです。
https://twitter.com/unoshigeki/status/538886421436567552

今回「パージ」に遭遇の宇野重規東大教授が讀賣新聞書評委員として『33年後のなんとなく、クリスタル』を評価して下さっていた件 「主人公達は決して変わった訳ではない 変わったのは日本社会だ 日本社会の方が寧ろ自らを見失い 危うい方向に走り出しているのではないか」
https://twitter.com/loveyassy/status/1312166617195790337
「註の新たな註」「いまクリ」と「もとクリ」、その記憶の円盤が舞い続ける時空。まとめサイト
https://tanakayasuo.me/crystal/footnote
宇野重規さん尊父 宇野重昭さんは日本国際政治学会理事長 成蹊大学学長を務めた泰斗

同じく国際関係論の泰斗 一橋大学の細谷千博さんと「合同セミナー」を企画 小生もコンパ司会で参加
因みに不肖の弟子Ya’ssy1981年卒論は「英連邦に於ける有色移民の制限立法について」
https://twitter.com/loveyassy/status/1312183549659815937
サントリー学芸賞と日本学術会議に関するYa‘ssyツイート
https://twitter.com/loveyassy/status/1312162142200578048
https://twitter.com/loveyassy/status/1313661655637581824
https://twitter.com/loveyassy/status/1315655337752494080 動画
https://twitter.com/loveyassy/status/1319847868195172353

2020年10月24日「ナイツのちゃきちゃき大放送」大阪住民投票と日本学術会議etc.語った音源
https://www.youtube.com/watch?v=czH9Nux2Odo&feature=youtu.be
文字起こし
https://miyearnzzlabo.com/archives/69298

「不毛なニッポンの宿痾」まとめサイト

「データが示す日本経済の衝撃的空洞化」フリップデータも掲出
「サンデー毎日」2019年8月11日号
https://tanakayasuo.me/heisei#sunday
https://tanakayasuo.me/wp-content/uploads/2019/07/20190730184607573_2.pdf
「漂流し迷走する日本外交と日産自動車」フリップデータも掲出
「サンデー毎日」2019年2月3日号
https://tanakayasuo.me/heisei
https://tanakayasuo.me/heisei#shukua
https://tanakayasuo.me/wp-content/uploads/2019/01/b31e8838b46c44b20a785e42f82dcb19.pdf
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「田中康夫の新ニッポン論」バックナンバー一覧
https://tanakayasuo.me/archives/category/verdad
会員制月刊情報誌「VERDADHP http://www.bestbookweb.com/verdad/

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