吉原恒雄先生ご逝去など

 石破 茂 です。
 第二次補正予算も成立し、通常国会は延長もないままに来週17日で閉会となる見込みですが、ここ数日、今秋の衆院解散説が取り沙汰され、9月末解散、10月25日投票など、具体的な日程までがまことしやかに語られています。
 政治の世界では何が起こっても不思議はないのですが、私は衆議院の解散は、憲法第69条による「内閣不信任案が可決された場合」の他に、「内閣信任案が否決された場合」「予算案や、内閣が最重要課題と位置付ける法案が否決された場合」「前の解散の時には想定されていなかった国政上の重要な課題について国民の判断を仰ぐ必要がある場合」に限定されるべきものと考えており、天皇陛下の国事行為を限定列挙している憲法第7条による解散には否定的な立場です。第7条は解散の形式要件を定めたものにしか過ぎません(佐藤功「解散権濫用の戒めー保利茂の遺構」・法学セミナー1979年6月号をご参照ください)。
 7条解散について、最高裁が統治行為論を用いて判断を避けている以上、これを否定することは出来ませんが、「内閣の見解と衆議院の見解とが異なった場合に主権者である国民の判断を仰ぐ」というのが憲法の想定している解散の趣旨であり、これにできるだけ沿うべきものと考えています。
 かつて故・宮澤喜一総理は「解散権は好き勝手に振り回してはいけない。あれは存在するが使わないことに意味がある権限で、滅多なことで使ってはいけない。それをやったら自民党はいずれ滅びる」と語っておられたそうですが、けだし名言と思います。
 宮沢内閣不信任案が可決され、衆議院が解散されたのは平成5(1993)年6月18日のことでした。当時私は当選2回で、現職の農林水産政務次官を辞職し不信任案に賛成したのですが、決断に至るまでに幾晩も眠れない夜を過ごしたことが随分と昔のことのように思われます。
 あれからもう27年が経ちました。会期末の6月には、いつも複雑な感慨が去来します。

 米軍制服組のトップであるミリー統合参謀本部議長が6月1日にトランプ大統領の写真撮影に同行したことを「私は行くべきではなかった。私があの場所にいたことで軍が政治に関与しているという印象を作ってしまった」と11日に述べたことが報ぜられましたが、自らの誤りを率直に認める姿勢に軍人の矜持を感じました。
 マティス前国防長官に加えて、ブッシュ政権の国務長官であった共和党重鎮のコリン・パウエル元統合参謀本部議長も7日、トランプ氏の姿勢を厳しく批判し、民主党のバイデン氏支持を明確にしました。他国の国民の選択に言及することは慎まねばなりませんし、凄絶な権力闘争の一環であることも事実なのでしょうが、党利党略を超えた米国の良識に触れた思いです。「軍は国家に隷属するのであって、政府に隷属するのではない。」改めてこの言葉の持つ意味と厳格な文民統制の必要性を思います。

 ごく一部の報道でしか報ぜられなかったので不覚にも知らなかったのですが、この言葉を私に紹介してくださった元拓殖大学教授で軍事評論家の吉原恒雄先生が4月11日逝去されました。享年80歳。派手な活躍をされてはいなかったのでそれほど有名ではなかったかもしれませんが、私が最も尊敬し、影響を受けた学者のお一人でしたので、残念でなりません。
 広島女子大学教授時代に書かれた論文「『集団的自衛権行使違憲論』批判 有権解釈の矛盾と変更の必要性」(広島女子大学国際文化学部紀要・1996年)は「集団的自衛権 論争のために」(佐瀬昌盛著・PHP新書・2001年)と並んで憲法第9条についての私の考え方の原点となったものですし、最近の論考「改憲支持の低下は改憲内容のダンピング」(新国策・2018年6月号)も示唆に富むものでした。
 著書は少ないのですが「国家安全保障の政治経済学」(泰流社・1988年・絶版)は実に内容の深い、不滅の価値を持った素晴らしい論説集で、今でも折に触れて読み返しています。
 平成12年12月、森喜朗内閣の防衛総括政務次官(後の副長官)を拝命した際、吉原先生を政務次官室にお招きしてお話を伺ったことがありました。先生は開口一番「石破さん、貴方は自衛隊を好きですか?」と意外な質問をされ、「もちろん好きです」と答えたところ、「そうですか。総括政務次官を退任される頃には間違いなく自衛隊を嫌いになられますよ」とおっしゃいました。
 驚いて「何故ですか?」と問う私に、「貴方は自衛隊が好きだから、陸自はここを改めるべきだ、海自は、空自はこうあらねばならないなどと言われるのでしょう。言えば言うほど敬遠され、疎まれるようになる。全部が全部そうだとは言わないが、残念ながらここはそういう組織なのです」少し悲しそうなお顔でそう言われたことを今も鮮明に覚えています。
 その後、防衛庁副長官、長官、防衛大臣を務めましたが、従来の方針とは異なる改革的な主張を唱えると、内部から出たとしか思えない誹謗・中傷が週刊誌に載ったりして、成程、先生の言われたのはこういうことであったのかと幾度か思いました。私の意志が強いというよりも生来鈍感なせいか、防衛省・自衛隊を嫌いになることもなく今でも防衛系議員の一端に名を連ねていますが、自衛隊とは何か、国家の独立とは、同盟とは何かという思いに目覚めさせてくださった吉原先生の御霊の安らかならんことを心よりお祈り致します。

 さる5日、横田めぐみさんのご尊父で、「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」の初代会長を務められた横田滋氏が逝去されました。慎んでお悔やみ申し上げます。

 クーデターの起こった北朝鮮から拉致被害者を、自衛隊が現行法ギリギリの範囲で奪還する、との内容の小説「邦人奪還」が17日に新潮社より発売されます。著者の伊藤祐靖氏はイージス艦「みょうこう」航海長として能登半島沖北朝鮮不審船事案に遭遇した後、海上自衛隊初の特殊部隊である特別警備隊の創設に深く関わった元二等海佐で、細部に至るまでリアリティに満ちた筆致は見事です。是非ご一読ください。
 伊藤氏も、陸上自衛隊特殊作戦群初代群長であった荒谷卓氏も、中途で退官されましたことは誠に残念でしたが、国防について多くの思いを今もお持ちのことと拝察します。

 東京は11日木曜日に梅雨入りし、不安定な天候が続きました。皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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