たとえ今が混迷の時期でも

 囚われた状況にいる人間がその囚われを脱却するのは簡単なことではない。猿から人への意識の立ち上がりが起きていった時代、打製石器の出現が百万年以上前なのに対して磨製石器の出現が数万年前であるという端的な事実は、その後のすべての文明を超えるほどの長きにわたる道のりが「石を削る」というただそれだけの着想にあることを意味している。

 人の考えは、その人がおかれた環境の様々な条件に制約されながら行われるしかない。奴隷制が滅びた後にはじめて鎖から自由な精神が生まれ、王権が滅びた後にはじめて土地から自由な精神が生まれる。奴隷には自らの隷属に不満を感じることすらできないことも少なくはなかろう。そこから自覚が立ち上がるまでには、囚われつつもそれを脱却しようとした人たちの苦闘がある。真に歴史を開いてきたのは、まさにそういった人たちにほかならない。


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