2026年2月15日 21時。運動する前に、もう1本、長いブログを書く。 68歳にして初めて、前立腺がんという「大きな病気」を患った。考えてみたら、これまで「自分の寿命」とか「生命のリスク」みたいなものを意識することは、あまりなかった気がする。 がんの診断を受けて以来、「自分にとって大切なひとを、もっと大切にしよう!」「1日1日をより大事に生きよう!」と思うようになった。 政治家 山本富雄の晩年は、病魔との戦いだった。そうした状況の中で、若い頃からキレッキレで、行動力の塊みたいだった亡父は、修行僧のようなストイックな日々を過ごしていた。 よく、こんなふうに話していた。 「オレは明日、人生が終わっても、1%の後悔もない!そういうつもりで、毎日を生きている!」と。 亡父の壮絶な日々を目の当たりにしていただけに、この言葉には、とても説得力があった。「本当にそうなんだろうな!」と感じていた。 亡父 山本富雄は、スキーの全日本選手権で2位(滑降競技)になったこともあるアスリートだった。世界選手権で、日本チームのコーチを務めた経験もある、本格的なスポーツマンだ。 そんな体育会系の親父に比べて、ずっと快楽主義者(?)で、ボヘミアンの息子(山本一太)は、とてもそこまでの心境にはなれない!(笑) が、ほんの少しだけ、あの頃の親父の気持ちが分かるようになった。今回の病気の発覚は、「もう一度、立ち止まって、自分の生き方を見つめ直せ!」という天の声(?)だと捉えている。 先般、敬愛する武見敬三前参院議員(前厚労大臣)と夕食を共にした。前回の参院選で再選を果たせず、政治から引退した武見氏は、国際政治学者として、グローバルヘルスの専門家として、(水を得た魚のように)国際会議をハシゴし、世界を飛び回っている。 その武見氏から、笑顔でこう言われた。 「山本さん、政治だけが人生じゃないよ!」と。 「いや、よく分かります!」と頷きながらも、心の中で、「それでも来夏の選挙は、石に齧り付いても勝たねばならない!群馬県と群馬県民のために、どうしてもやり遂げねばならないことがあるからだ!」と呟いた。 そのために、ここからどうやって過去の成功体験を忘れ、プライドを投げ捨て、1年半後に「臥薪嘗胆」の思いを成し遂げたらいいのか?!このことは、どこかで改めて書く。 先ずは、(統計的に98%の確率とはいえ)油断せずに、この5年間を「元気に」生き抜くことに全力を尽くす!!群馬大学病院のプレステージを高めるためにも、絶対に完治させる必要がある!そうでしょう?!(笑) さて、ここからは「湯けむりフォーラム2026」中止の決断に関するブログの続編。県議会での説明はもちろん、県民の皆さんにも直接、正確な事情を伝えておきたい。 その①で、「湯けむりフォーラム」を当初予算から外すと決めた次の3つの理由を記した。(1)知事が議会に対して不正確な答弁をしてしまったこと。(2)県のリーダーとしての自覚と配慮を欠いていたこと。(3)きちっと非を認めて、トラブルの拡大を防ぐ必要があると判断したこと。 先ず言っておきたいのは、自分は知事として、2元民主制の一翼を担う県議会に対し、意図的に「ウソを言う」ことなど、絶対にしないということだ。 それは、自身の政治家としてのレゾンデートル(存在意義)にも関わる。今までの行動を見れば、きっと信じて頂けるものと思う。 前回のブログ(その①)でも触れたように、毎年末の湯けむりフォーラムに関して、複数の部局に人数を割り当てるような「いわゆる動員」は行われていないという認識を持っていた。 関係部局からも、「そうした指示はなされていない!」と報告を受けていたし、その種の文書もないという報告を受けていた。 が、結果として、日々、職員たちが頻繁に(何千回も?)やり取りしているチャットの中に、「動員と解釈されてもやむを得ないメッセージ」が複数、見つかった。 すなわち、県議会の本会議で、知事として「事実と違う」答弁をしてしまったことになる。このことは、重く受け止めねばならないし、議会にも、ちゃんと謝罪しなければならない! 大臣が、国会(本会議や委員会)での不正確な発言について陳謝するというのは、よくあることだ。 が、最大の問題は、毎年、群馬県最大のイベントである「湯けむりフォーラム」の準備のために、必死で頑張ってくれていた真面目な職員たちに、「あらかじめルールで決めていたこと」を逸脱させるような行動続きをみる『著作権保護のため、記事の一部のみ表示されております。』
なぜ、今年度の「湯けむりフォーラム」の中止を決断したのか?!:②
山本一太