なぜ須藤前市長は再選を果たせなかったのか?!:③〜不安が的中した告示1ヶ月前の世論調査データ。

2021年3月29日:パート3 夕方。高崎の自宅からのブログ。先ほど関係部局とのウェブ協議を終えた。 たった今、武藤健康福祉部長と電話で話をした。本日の県内新型コロナ新規感染者は20名。目標値(20人未満)を僅かに上回った。 やはり、太田地区(11名)が多い。太田市の保健所と連携して、傾向をよく分析してもらうようお願いした。ただし、感染経路不明は1名。全体でも、9割の経路を追えている。 ここからは、前回の館林市長選挙に関するブログの続編。 再選を果たせなかった須藤前市長にとって不運だったのは、過去1年、新型コロナ禍で、ほとんど市政報告会が出来なかったことだ。仮に新型コロナによるパンデミックが発生せず、頻繁に会合(市政報告会等)が開ける状況だったら、また違う結果になっていた可能性もある。 それはともかくとして、今回の選挙結果は、須藤陣営に厳しい現実を突きつけた。それは、この4年間の須藤前市長の政策や実績が、(残念ながら)多くの一般市民の間に十分、浸透していなかったということだ。 須藤前市長の功績は、新型コロナ感染の封じ込めに成果を上げて来たことだけではない。この4年間、災害対策の分野でも、観光振興やデジタル化、教育等の分野においても、斬新かつ独自の取り組みを、次々に打ち出して来た。 しかしながら、どんなに素晴らしい政策や方針でも、市民から理解されなければ、「自己満足」に終わってしまう。須藤前市長は、1期4年間の中で、過去最大の産業団地の造成計画や「里沼」の日本遺産認定、アニメツーリズムの活用、防災体制の整備等の新たな事業を、切れ目なく進めて来た。 にもかかわらず、多くの市民は、「須藤市政のもと、この4年間で館林市が大きく変わった」「現職市長の政策で、この街はどんどん発展していく」とは感じていなかった。そうじゃなかったら、この票差で負けるはずがない。 知事として心に刻んだ教訓がある。それは、「須藤前市長ほどの感性を持つ人でも、自らの発信が市民に届いていないという市政の脆弱性を(ギリギリまで)認識出来ていなかった」という事実だ。 地方自治体の首長の権限は強い。知事も市長村長も、ある意味で「全体が完結する」空間の中で活動する。その小宇宙の中で周りから持ち上げられたりすると、「自分が置かれている状況」を見誤りやすくなる。知らぬ間に「勘違い」のサイクルに続きをみる

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