名古屋市に高層ビルが建築され始めた昭和初期、従来の消防はしご車(木製はしご:長さ約12メートル)では、消火や人命救助に万全を期すことができなくなり、高性能なはしご車の配置が急務となっていた。
しかし、当時は国産の機械式消防はしご車がなく、外国製のはしご車の購入には巨額の経費が必要なため、1934年(昭和9年)、高層ビル関係者などからの資金的な寄付を仰ぎ、現在の金額に換算して約2億円をもって、ドイツ・ベンツ社製の機械式はしご車を購入することになった。
1935年(昭和10年)式ベンツ社製機械式消防はしご車は、当時では日本一ともいわれる長さ30メートルもの鋼鉄製はしごを有し、ハンドル一つで空中高く伸び、左右自由自在に旋回することができ、そのうえ、従来のはしご車にはない高性能なポンプを備える画期的なものだった。
昭和10年に中消防署に配属されてから昭和43年までの33年間、常に消防活動の第一線で活躍し続けてきたが、昭和43年1月、老朽化などにより現役を退き、以来、名古屋市消防学校倉庫で大切に保管されてきた。また、歴代消防職員OBらによって名古屋の消防の魂ともいえるはしご車の補修作業もボランティアでおこなわれてきた。
私がベンツ社製機械式はしご車の存在を知ったのは、2016年4月の市民からの通報。「相当古いはしご車が名古屋市消防学校の倉庫で眠っているらしい。市民への防火防災啓発等に活用することはできないか。」といった内容だった。
早速、2016年5月10日、名古屋市消防学校にはしご車の調査に行ったところ、市民の通報通りベンツ製はしご車は、倉庫の中で大切に保管されていた。しかし、各所に不具合が見られ、博物館で展示するには問題ないものの、とても走行できるような状態ではなかった。
横井利明から消防局に対して、「市民への防火防災啓発を目的として、再びこの貴重な車両を走らせることはできないか。」と相談したが、当時の消防局は「勘弁してほしい。」との回答だった。消防署からベンツ社に問い合わせたが、ドイツ本社の回答は「修復は困難」。なお、ベンツ社によると、1935年当時のはしご車はドイツ国内や世界にも存在せず、大変貴重な車両であり譲ってほしいとのことだった。
そこで、横井利明から自動車、エネルギー、航空宇宙、ロボットなどの応用工学、設計技術、電気電子、制御技術などを専門とする大同大学(名古屋市南区)に、ベンツ社製はしご車の修復ができないか相談。中日本自動車短期大学(岐阜県加茂郡)をご紹介いただいた。
2016年10月、中日本自動車短期大学では生徒の教材の一環として、ベンツ社製はしご車の修復をボランティアで取り組んでいただけると快諾。同大学の知識と技術を結集し、清水教授を中心としたグループが世界最古の機械式はしご車を再び走らせることを目標に修復作業を進めている。