統帥権干犯問題など

 石破 茂 です。
 わずか一週間前の安全保障三文書改訂を巡る議論の白熱がまるで嘘であったように感じられるほど、永田町は静かな一週間でした。視聴率が取れないのか、購読部数が伸びないのか、メディアも取り上げる頻度が落ちてきたように思います。やはり安全保障は人々の関心を呼ばないテーマなのでしょうか。
 常套句となっている「日本を取り巻く安全保障環境は極めて厳しい」「今日のウクライナは明日の台湾であり、台湾有事は日本有事」も、その内容をよく検証しなくてはなりません。脅威とは相手の意図と能力の積なのですが、相手方の意図は奈辺にあり、陸海空の能力はどれほどであり、それはどのように運用され、その際に同盟はいかに機能するのか等々を精密に分析しないままに、ただいたずらに危機感だけを煽ることは厳に慎まなくてはなりません。

 

 戦後日本においては、本来あるべき文民統制が十分に機能していないためにこのようなことが起こるのだと思っています。
 かつて軍人が政治に介入したために国を誤った例として統帥権干犯問題が取り上げられますが、軍の作戦行動である軍令を司る統帥権が独立していなければならないのはむしろ当然のことであり、軍事の素人である政治家が作戦に介入することがあってはなりません。昭和5年(1930年)のロンドン軍縮会議の際、艦艇保有量の制限を内容とする条約に不満を持つ海軍内の強硬派勢力が野党政友会(犬養毅、鳩山一郎など)や民間右翼、マスコミと連携し、「海軍軍令部の承認を得ない条約の調印は天皇の統帥権を侵すものである」と批判して倒閣運動を展開したのですが、軍の編成や管理などを司る軍政は軍令である統帥権とは何ら関係のないものであって、条約の調印を統帥権干犯とする論はためにする批判であったと思われます(「憲政の神様」と称される犬養毅や、大政翼賛会に抗った鳩山一郎などの政党政治家が、倒閣のためにこの立場にあったことは意外です)。「軍部が統帥権の独立を唱えたので国を誤る結果となった」とするのは誤りで、総理大臣が統帥権を持っている現在の体制の方がよほど危ういと言わねばなりません。保守の論客であった故・吉原恒雄拓殖大学教授は「統帥権の独立を軍による諸悪の根源視したため、現在は自衛隊を政治の従属物視し、内閣総理大臣に統帥権をも付与している。このことは自衛隊を一党一派の私兵化する危険をはらんでいる」と論じておられましたが(「国家安全保障の政治経済学」・泰流社・1988年)、まさしくその通りです。
 制服自衛官が国会で答弁しないことをもってして「これこそが平和の証」とする向きもありますが、これも決定的に誤っています。私の知る限りこのような国は日本だけですが、これでは立法府による文民統制など出来るはずはありません。国際的な軍事情勢、軍の戦略や運用構想、国際法の適用の在り方、兵器の性能や価格等々、本来これらに一番知識を持たねばならないのが実際に戦う自衛官たちであり、彼らから国会の委員会で現況を聞くのが納税者の代表である国会議員の務めです。自衛官もまた、議会で質され、説明責任を果たすことによって大きく意識が変わっていくはずです。国防は秘密が多いので議会答弁に馴染まない、などというのは単なるエクスキューズにしかすぎません。秘密会の開催を含む議事運営は委員長をはじめとする議員が負うべき責任です。

 

 ヒトラーやナチスに傾倒し、駐独武官や駐独大使として日独伊三国同盟の締結の立役者となった陸軍軍人(最終階級は陸軍中将)・大島浩大使の反省から、在外公館に勤務する自衛官は外務大臣の指揮下にある外交官として位置付けられていますが、これが情報収集に大きな支障となっていることも否めません。どの国の在外武官も国防大臣の指揮下にあり、だからと言ってこれが外交の一元化に反する、などという話は聞いたこともありません。軍法会議の不存在もそうですが、戦前の「反省」から作った、イメージに基づく摩訶不思議な制度がどれほど日本人の安全保障観を独特なものにしてしまったのか、この問題の根は存外深いように思えてなりませんし、単に憲法に自衛隊を明記すれば済むような問題では決してありません。再び日本を誤った道に歩ませることがないよう、より一層学び、努力をせねばと思っております。

 

 昨22日は、私が会長を務める自民党ユニバーサル社会実現推進議員連盟の総会が開催されました。我が国が障害者権利条約を批准し、発効したことにより、様々なハンディキャップを有する方々が、有しない方々と同じように生きていく権利を有し、国はこれに応える義務を負うことになったのですが、駅などの公共施設のバリアフリー化など以前と比べて相当な進捗をみてはいるものの、未だ多くの面で課題が山積しています。衆議院運輸委員長在任中、車椅子に乗って羽田空港から京浜急行で品川駅まで出て、品川プリンスホテルまで行くという体験をしてみて、実際の困難さを初めて知ったのですが、歩行に限らず、多くのハンディの体験をすべての教育現場で実施すべきという年来の主張も私の努力不足でなかなか叶いません。文科省も随分と力を入れてくれてはいるのですが、さらに力を尽くさねばと反省しております。
 ベビーカーに赤ちゃんを乗せた女性や妊娠中の女性が電車に乗って周りの乗客から非難の眼で見られるような社会も明らかに間違っています。綺麗事を言うようで恐縮ですが、弱い立場の人に対する思い遣りを欠いた社会は、結局は脆弱で持続可能性のない社会なのではないかと思っております。明日のクリスマスイブを前に、自分の至らなさばかりを痛感しています。

 

 元陸将補の松村劭(つとむ)氏が著された「世界全戦争史」(エイチ・アンド・アイ刊・2010年)は2700ページ近くにもわたる大著です。いまだに「積ん読」状態であることを恥じております。いつかは読んでみたいものだと願っておりますが、自分に残された時間がそうは多くないことに焦燥感を感じています。

 

 昨日よりクリスマス寒波が襲来しています。統一地方選挙の候補者選定で明日は地元へ帰る予定ですが、陸路・空路共にダイヤが大幅に乱れており、どうなるのか相当に気がかりです。
 皆様どうかご健勝にてお過ごしくださいませ。

 

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