石破 茂 です。
昨晩のBSフジ「プライムニュース」は佐藤丙午・拓殖大学教授、鶴岡路人・慶應義塾大学准教授との討論でした。正確で豊富な知識を持つ、人格も優れた学者の方々との討論はとても楽しく、勉強になるものです。
長く議員を務めていると色々な学者や評論家に会う機会があり、変幻自在なポジショントーク術や、垣間見える人柄に辟易とさせられることもままあります。そのほうが視聴率が取れるのか、テレビに登場する機会が多いのかもしれませんが、世の中を悪くする言説の流布というのは残念ながら確実にあると思います。
そんな中で、佐藤先生や鶴岡先生のような立派な学者と討論できる機会を与えていただけたことに感謝するとともに、己の知識や見識の浅さに嫌気がさしてしまうことも往々にしてあるところ、私自身も真っ当な学者との討論に耐えうるよう、自己研鑽に努めたいと思ったことでした。
佐藤教授はその論考の中で、以下のような指摘をされています。
「今回のウクライナの状況からわかるように、戦争が起こると一般国民にも多くの被害が出る。日本は専守防衛の方針の下、『本土決戦』主義を採用しているが、これまでの経緯の中で、たとえ戦争が起こったとしても国民には抵抗する手段は何も教えられていないし、何の武器も持たされていない」「そんな状態で上陸してくるロシア軍や中国軍に立ち向かわなければいけないというのは、竹槍でB-29を落とそうとしていたのと全く変わらない政策をしていたのだと改めて思わされた」(「財界」2022年夏季特大号)
「外交を道徳的な視点で語るのは悪いことではない。国際的な正義を自分の側につけ、それに軍事の役割をかぶせていくのはアメリカの外交そのものだが、日本は道義性を過度に期待しすぎている」(朝日新聞デジタル 2022年4月30日)
専守防衛を「本土決戦主義」と言うのはまさしくその通りで、私も漠然と感じていたことではありますが、ここまで言い切らなければこの言葉が含むある種の偽善性はわからないでしょう。
日本政府はウクライナ支援のホームページに「日本はウクライナと共にあります」とのタイトルを冠していますが、「がんばれウクライナ!」の気持ちは別として、ひたすら正義を追求しようとする限りこの戦争の出口は見えず、罪のないウクライナ市民とウクライナ兵、またロシア兵の死傷数も増え、被害額も増すばかりです。
5月の時点でウクライナの復興に要する費用は4110億ドル(約58兆円)と試算されており、その後決壊したダムの復興費用などを併せると金額はさらに増すものと思われます。日本政府は世界銀行の融資の保証と併せて約1.1兆円の支援を表明していますが、やがて「ウクライナ復興税」のような形で日本国民にも更なるご負担をお願いすることになるのかもしれません。
湾岸戦争の際、日本は90億ドル、国民一人当たり約1万円の支援を行いましたが(その使途の詳細については、戦費に充てられたかどうかも含めて、結局明らかにはなりませんでした)、戦争参加国から「カネだけか」との批判を浴びました。
「復興に要する費用は侵略国であるロシアが払うべきだ」というのはひとつの正論ですが、おそらくロシアはそれを認めないでしょう。平和を実現するためにはそれなりの負担を負わねばなりません。
NATOの会議に日本も招待を受け、連携が更に強化されました。一部には「日本もNATOに加盟すべく、条約の適用される地理的範囲を拡大させるべき」との意見がありますが(グレンコ・アンドリー氏、石角莞爾氏等)、私は今のところ懐疑的です。
もともとアメリカは1949年のNATO発足時に、アジア太平洋地域にも類似の集団安全保障組織である「太平洋協定」を発足させようとしていたのですが、オーストラリア、ニュージーランド、フィリピンなどの反対により実現に至らなかった経緯がありました。NATO発足から74年を経た今、むしろもう一度この構想に立ち戻るべきではないでしょうか。「権利の法理」による集団的自衛権と「義務の法理」に立つ集団安全保障はよく似た概念ですが、日本の国内法の整備と併せて、実現に向けた議論を加速させたいと思っています。
マイナンバーカードのトラブルが続出し、制度自体の信頼性が揺らいでいますが、カードの普及と利用の拡大そのものは、トラブルの原因究明とその除去方法を確立した上で、すすめていくべきものです。
健康保険証のカード化にも多くの懸念と不安が生じていますが、本人確認が困難な紙の保険証である限り、3000億円にものぼると言われる不正使用は根絶出来ません。かつて厚生関係の仕事をしていた頃、「名医という言葉がある限り医学は科学ではない」との言葉を聞いて強烈に印象に残っていますが、医療を科学にするためには長年にわたる膨大な医療データを蓄積し、分析し、それが個々の医師の診療に生かされるような体制を整えなければなりません。複数の薬局で処方される多量の薬がカードの活用によって効率化され、医療費が適切に使用されることも期待されます。学生時代、物権法の指導教授から「病理現象があるからといって制度自体を安易に否定してはならない」と教わったことを思い出しました。
中国軍事問題研究の第一人者、平松茂雄先生が老衰のため逝去されました。享年87歳。謹んでお悔やみ申し上げます。直接ご指導を頂いたのは数回に留まるのですが、実に峻厳なお人柄であったと記憶します。膨大な著作の三分の一も読めておりませんが、漫画でありながら実に内容が濃く、かつわかりやすい「日本核武装入門」(マンガ入門シリーズ・飛鳥新社・2010年)は、今読み返してみても新鮮さを失わない内容です。私自身は日本の核武装には否定的な立場(シェアリングには積極的に賛成)ですが、実に多くの示唆を受けた一冊でした。ご一読をお勧めいたします。
今週、都心は恐ろしく暑い日々が続きました。皆様ご自愛のうえ、ご健勝にてお過ごしくださいませ。