石破 茂 です。
昨日は「ウクライナ戦争」の即時停戦を求める有識者の集会が議員会館で開かれ、日ごろから敬愛する伊勢崎賢治・東京外大名誉教授からのお声がけもあり、参加して参りました。田原総一朗氏、東郷和彦・元外務省条約局長、和田春樹・東大名誉教授など錚々たる顔ぶれで、多くの示唆を受けました。「今日のウクライナは明日の台湾、台湾有事は日本有事」という相当に短絡的な議論の危うさを改めて感じたことでした。
台湾有事は日米安保条約第6条の「極東有事」ではあっても直ちに第5条の日本有事になるものではありませんが、朝鮮半島有事は朝鮮国連軍地位協定によってそのまま日本有事となる可能性のあるものです。勇ましい話ばかりではなく、精緻な議論が今こそ求められます。明23日土曜日午前9時半からは、BSテレ東の討論番組に出演する予定もあり、この数日、ウクライナ戦争を巡っての国際社会の在り方について学ぶ時間が多くなっています。
ここ20年あまり、講演等でいつも申し上げていることですが、第二次世界大戦の戦勝国が当時の国際秩序を維持する目的で創設した「United Nations」(対枢軸国戦勝国連合機構)を、あたかも世界政府であるかのごとき響きを持つ「国際連合」と敢えて訳したところから、日本人の国連幻想は始まっています。
国連憲章第53条と第107条に定められた「敵国条項」により、安保理の決議がなくとも武力行使の対象となる「旧敵国」には日本、ドイツ、イタリア、フィンランド、ブルガリア、ハンガリー等が挙げられるのですが、日本とドイツ以外は途中で枢軸国を脱退して連合国側につき、日独に宣戦布告をしているため「敵国」には該当しないとされ、旧ドイツはヒトラーの自決により成立したデーニッツ政権を連合国側が国家として認めなかったために法的には国家として消滅しており、現在のドイツとは国家としての連続性がなく、結局枢軸国国家として現在まで連続しているのは日本だけである、とする見方もあります(故・色摩力夫・元駐チリ大使)。
敵国条項は国連総会において死文化が確認され、次期の憲章改正で削除されることになっていますが、それまでは条文として有効であり、ロシアが北方領土占拠の根拠としているように、いつこれが援用されるかわからない状況にあります。
国連は本来、安保理決議により、侵略国に対し、侵略行為を排除するために国連軍を組織して戦うことを本質とする組織ですが、日本はこの国連軍に参加し、武力を行使することを正式には可能としていません。「旧敵国」であり、国連の武力行使にも参加しない国が、「唯一の被爆国」「国連加盟国中最多の安保理非常任理事国選出国」であるからと言って常任理事国入りを目指すことには、かなりの無理があるように思います。
国連憲章第51条に定められた集団的自衛権は、拒否権を持つ常任理事国から侵略を受けた国は実質何の救済も受けられないことに憤慨したラテンアメリカの諸国の提案により、安保理決議が出るまでの間、互いに助け合うことを権利として認めたものです。日本人の多くが誤解しているような、「大国とともに世界のどこにでも行って武力を行使する権利」ではありません。
集団的自衛権行使の要件は「急迫不正の武力攻撃の発生」「被侵略国からの救援要請」「国連安保理への報告」「国連安保理が必要な措置を執るまでの間」「必要性と均衡性」の五つであり、同盟関係の存在は必ずしも必要とはされていません。ですから、理論的にはウクライナ救援のために集団的自衛権を行使する可能性はNATOにもあったわけです。にもかかわらず、かなり早い段階でアメリカはこれを否定しました。それがロシアの誤算を招いたとの説もあります。
ウクライナ侵略の停戦の方法については、国連総会における「平和のための結集決議」(ESS)を活用すべき、との論考もあり、この点議論を深めたいと考えています。今年の夏はとうとうつくつく法師の鳴き声を一度も聞かないままに過ぎ去ろうとしています。「暮れてなお 命の限り 蝉しぐれ」は故・中曽根康弘大勲位の名句ですが、10日余りの短い成虫期間のうちに種族保存の目的を果たさねばならない蝉のオスは、命の限り求愛活動として鳴き続けるのだそうです。蝉たちの今後は一体どうなるのか、鳴かなかったのが私の周りだけだったのならよいのですが、とても心配になります。
来週は9月も最終週となりますが、一年の四分の三が過ぎようとしていることに、たまらなく焦燥感を覚えます。
皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。