石破 茂 です。
リクルート事件が発覚したのが昭和63年。翌平成元年1月に自民党政治改革委員会(後藤田正晴委員長)が初会合、3月には3日間にわたって全所属議員参加の討議を行い、5月に政治改革大綱を取りまとめ、6月には政治改革推進本部(伊東正義本部長・後藤田正晴本部長代理)が発足し、政治改革の推進に向けた議論が白熱していきました。伊東・後藤田という見識の高いツートップの下に羽田孜選挙制度調査会長がおられ、武村正義、鳩山由紀夫、園田博之、渡海紀三朗、三原朝彦、北村直人各代議士などの「ユートピア政治研究会」の当選一回生が集って連日侃々諤々の議論を戦わせ、政治改革推進本部で論陣を張っておりました。
金丸信副総裁、梶山静六幹事長、佐藤孝行総務会長などの当時の執行部から叱られて意気消沈して政治改革本部に戻ると、今度は伊東本部長から「毎週地元に帰れて、まだ役職らしい役職にも就いていないのだから有権者から本音を語ってもらえるキミたちが国民の一番近いところにいるのだ。そのキミたちが頑張らないで政治改革が出来るはずがない!」などと厳しく叱られたものでした。
伊東先生は「キミたち、しっかりしろ!今から海部総理に電話しておくから、官邸に行って総理に決意を伝えてきなさい!」と何度か仰いました。海部総理と対面した時、鳩山由紀夫代議士が議員バッジを外して「総理、我々はこのような決意です。どうか政治改革を断行してください」と発言し、我々もそれに倣いました。若さゆえのヒロイックな思いもあったのでしょうが、自分たちがこれで議席を失っても構わないとの悲壮な思いは本物だったように記憶します。皆、思わず涙ぐんでしまったあの時のことが、まるで昨日のことのように思い出されるのに、あれから三十余年、伊東先生や後藤田先生のような存在とは遥かに遠い自分を思い、その至らなさを恥じ入るばかりです。政治改革推進本部の会合で、我々は「小選挙区の導入こそが政治改革の決め手だ」との論を展開したのですが、中選挙区論者の小泉純一郎先生から「小選挙区を導入すれば、首相官邸と党本部の言うことしか聞かないつまらない議員ばかりになる」との反対論が述べられました。「官邸や党本部が間違っていたらそれを指摘するのが自民党議員の矜持だ」と反論した際、小泉先生がニヤリと笑って「キミたちはまだ政治家という人間を知らないね」と仰った場面は今もはっきりと覚えています。
政治改革大綱は「自民党は出血と自己犠牲を覚悟すべき」という悲壮な決意の下に起草され、総裁をはじめとする主要党役員や閣僚の派閥離脱、閣僚や派閥のパーティ自粛、政党への資金の集中、政党法の制定など、それまでの自民党では考えられなかったような画期的な内容となりました。しかし、その後に発足した政治改革推進本部の議論は、小選挙区制導入派対中選挙区制維持派の論争に特化してしまい、政治資金についても最低限の透明性の確保や寄付の上限規制などは行われたものの、印象としては政党助成制度の導入だけに終わってしまったように捉えられ、これが「小選挙区制になったのに政治はかえって悪くなった」という思いを世の人々が抱くようになった原因だったとも思われます。宮沢内閣不信任案が可決され、解散・総選挙で自民党が過半数を割って下野、その後誕生した細川政権の下で政治改革国会が開かれ、私は野党の自民党議員として政治改革特別委員会で質疑に立ちました。「選挙制度だけを変えて、地方分権も進まず、政党法も制定しなければ、小選挙区制度の悪い面が出てしまう」という趣旨を細川総理をはじめとする関係閣僚に質問したのですが、本質的な答弁は全く得られず、大いに失望するとともに、今後の行く末に不安を感じたものでした。残念ながらその危惧が現実のものになりつつあります。
今日の自民党の惨状は、政治改革大綱の精神を忘れてしまったことに起因するように思われますが、あの時のことを憶えているのは我々当選12回以上のごく少数の議員に限られます。私自身、この内容を忠実に実践してはきませんでした。小泉・福田・麻生内閣には派閥に籍を置いたまま入閣しましたし、幹事長として党の実務をお預かりした時には、派閥こそ離脱したものの、政治改革大綱を党内に徹底することも致しませんでした。慙愧に耐えず、深く反省することしきりです。
岸田総理・総裁が昨日の記者会見で「火の玉になって政治改革の先頭に立って戦う」との決意を示したのですから、これを受けて自民党はきちんとこれに対応し、決意を具現化する体制を早急に整えなければなりません。昨日の総務会で、新しい政治改革本部を立ち上げ、政治改革大綱を読み直すことから始めるべきと提案しましたが、執行部がこれに応えてくれることを切に望みます。新閣僚の就任にも、代り映えしない、などとの批判がありますが、顔ぶれは人格識見ともに優れた人選で安堵しております。
予算や税制の会議を終えた今夕の永田町には、今後何が起こるのかをじっと見つめているような、不気味な静寂が漂っています。
今年も余すところあと僅かとなりました。皆様、どうかご健勝にてお過ごしくださいませ。