第1064号 サウジアラビア紀行

 新年早々に、サウジアラビアの首都リヤドを訪問してきました。

◆まちづくりについて意見交換
 かつて国交大臣時代にはスマートシティ構想の一端となる、自治体ごとに異なる防災情報の一元化などを手がけたこともあり日本のスマートシティ構想、スーパーシティ構想について、議員外交の一環でサウジアラビア政府との意見交換をしてきました。
 国交省は、スマートシティを「都市の抱える諸課題に対して、ICT等の新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理・運営等)が行われ、全体最適化が図られる持続可能な都市または地区」と定義しています。
 一方、我が国のまちづくりは、

①エコシティ(環境共生都市)に代表されるエネルギー消費や環境に配慮したまちづくり
②公共交通指向型開発(TOD:Transit-Oriented Development)と呼ばれる都市構造設計
③世界最高水準の防災減災のまちづくり

といった点を特徴としていましたが、その構築のための基幹インフラとなる、ICT(情報通信技術)のブロックチェーン技術が決定的に世界に遅れを取っていました。
 ブロックチェーン技術というと、仮想通貨や暗号資産などの金融をイメージしがちですが、中央集権的でない分散型のシステムで、かつ規模の拡大縮小に左右されない、情報通信技術のことを示し、自動運転やエネルギー制御、ヘルスケアに医療、福祉といった個人と個人をつなぐ技術として欠かせないものなのです。
 そして、このブロックチェーン技術について、革新的なイノベーションを実現した技術開発者達と共に、サウジアラビア政府からの求めを受けて、今後の日本サウジアラビアの投資・技術協力の一助となる連携が出来ないかとのことで、政府要人との会談を重ねて参りました。

◆文化の違いには戸惑い
 私にとって中東訪問は初めてのことでもあり、また、サウジアラビアはイスラム圏の中でも最大の聖地であるメッカとメディナを抱える絶対君主制・政教一致の王国として、いわゆる民主主義国家の価値観からかけ離れたところもあり、様々な局面で戸惑いもありました。
 一夫多妻制で女性の権利が極端に制限され、またイスラム教義からかつては児童婚も認められていた、など文化や慣習の面での大きな違いがある一方、世界最大級の石油産油国として豊かな国でもあり、無税国家のさきがけとなってきた点など、日本とあまりにもかけ離れた実態に驚きもありました。

◆スケールの大きなまちづくり
 現地では、投資大臣、商務大臣、経済企画大臣、シューラ評議会委員長、公共投資財団、人工知能庁長官など、多くの政府要人との会談がセットされ、サウジ王宮府の警護の下での議員外交となりました。
 ムハンマド皇太子が肝いりで進める、「ザ・ライン」と呼ばれるスーパーシティ構想では、全長170km、高さ500メートル、幅200メートルのまさに未来の「万里の長城」のような「まち」が作られようとしており、既に基礎工事に着工している状況です。
 総事業費80兆円とも言われていますが、まるでSFの世界のような未来都市を本気で造ろうとする、この中東の国に、正直、驚きを禁じ得ませんでした。こうした状況で、ブロックチェーン技術の重要性と、その技術革新については強い興味を持たれたようで、引き続きの議員外交を約束して帰国の途に就きました。
コロナ禍で、海外渡航が制限されていましたが、やはり国益のためにも、様々な場面で外交努力が必要なことを痛感しました。
しかしながら、アルコール完全禁止、は正直辛かった(笑)

 

スタッフ日記「喪黒福造さん」

 喪黒福造とは、藤子不二雄Aさんの漫画「笑ゥせぇるすまん」の主人公。「ココロのスキマ」のある人に一瞬夢を見させては、最後にその人を「ドーン!」という決めポーズとともに不幸に追いやる不気味な風体のおじさんです。アニメ化され、一世を風靡したので覚えておいでの方も多いかもしれません。

 ところで、神奈川県の公立中学の修学旅行の定番は京都・奈良。海もなければ電車もない、小さな山合の町の私たちも電車に乗る訓練を兼ね、京都から近鉄に乗って奈良に来ました。

 そして夕暮れ、班行動でおみやげ物屋さんを見ていた時のことでした。

 東大寺からそんなに遠くない、坂道の途中にあるお店だったと記憶しています。何のきっかけか恰幅の良い店主のおじさんが言いました。「おっちゃんが喪黒福造やで!」。声を演じているのが自分だというのです。
 
 私たちは全員、耳を疑いました。だって、みんなが知っているあの喪黒福造です。
 
 「ウソだぁ!」「ホンマや」というやり取りが数回続いた後「じゃ『ドーン!』やってよ!」と我々は決めポーズを催促しました。おっちゃんも「ええで!」と快諾し「ドーン!」とやります。
 
 その後も我々の求めに応じ何度も「ドーン!」を繰り返すおっちゃんでしたが、スマホもネットもない時代。結局真相はハッキリしないまま、我々は奈良を後にしました。
 
 おっちゃんが田舎の、特に目立ちはしないものの、可はなく不可しかない中学生たちをからかってやろうと思ったのか、はたまた本当に喪黒福造だったのか、30年近くたった今でも気になっています。
 
 あの時の喪黒福造さん、こちらをお読みでしたらご一報頂けませんでしょうか? (シズ)

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