塩崎恭久衆院議員が次期衆院選への不出馬を表明〜余力を残しての勇退に感じた政治家としての美学。

2021年6月20日:パート2 23時過ぎ。ジャズを聴きながら、本日2本目のブログを書く。 夕方。昨日、次期衆院選に出馬しないことを表明した塩崎恭久衆院議員(元官房長官)に電話をかけた。会見では、引退の理由として、政治家としての仕事に一区切りが付いたこと、ポストコロナの時代を見据えて、若い世代にバトンタッチする必要があること等を挙げていた。 政治家は引き際が難しい。長くなればなるほど、周りが見えなくなる。私欲や慢心に囚われて「末節を汚す政治家」もいれば、塩崎さんのように、「余力を残して爽やかに勇退する」政治家もいる。  塩崎恭久衆院議員と言えば、内閣官房長官や厚労大臣を含む要職を歴任した存在感のある政策通だ。地元でも引退を惜しむ声は多いに違いない。「政界でここまで活躍すれば、思い残すことはないんじゃないか」と思う反面、スッキリした政界引退の決断を聞いて、塩崎氏の「政治家としての美学」を感じた。 塩崎氏とこんな会話を交わした。 「塩崎先生、ニュースを拝見しました。さすがは、塩崎先生、カッコいい決断ですね。スゴく先生らしいと思います。これまで本当にお疲れ様でした。」 「うん、ありがとう。オレもいろいろ悩んだ末の結論だった。山本さんも群馬で頑張れよ!続きをみる

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