堀川まちづくり構想で欠落したままとなっている南区エリア

堀川慶長15年(1610年)名古屋城の築城と時を同じくして福島正則により開削されたと伝えられる堀川。当時は、名古屋城西の巾下と熱田宮の渡しを結ぶ延長約6キロの運河だったが、その後、上流部(黒川)の開削や下流部での新田開発などが進み、名古屋を南北に貫流する現在の堀川となっている。

さて、名古屋市は、「名古屋の母なる川」堀川ににぎわいを創出し、その魅力を発信するため、平成24年10月、「堀川まちづくり構想」を取りまとめた。構想では「黒川エリア」「名古屋城エリア」「四間道エリア」「納屋橋エリア」「日置・松重エリア」「熱田エリア」「堀川口エリア」を拠点エリアとして、それぞれの特色を踏まえたまちづくりの方向性を将来イメージとして示している。

しかしこの構想で、熱田神宮や七里の渡しを中心とした「熱田エリア」以南の2.5㎞区間が構想から完全に欠落したままとなっている。私もかつて名古屋市会特別委員会でこの点を指摘したにもかかわらず、未だ改善が進んでいないのは極めて残念と言わざるを得ない。あわせて七里の渡しから東側にのびる新堀川についても堀川と一体的なまちづくりが求められているものの、このエリアについても全く構想には盛り込まれていない。

5月23日には「(仮称)堀川南部エリア」について、名古屋港管理組合の皆さんと今後の堀川まちづくりの方向性について懇談させていただいた。管理組合からはまちづくりを所管する名古屋市と連携して検討を始めたいとの考え方が示されたが、今後は近隣市民の皆様とまちづくり協議会を立ち上げるなど、住民を巻き込んだ活動を展開していく必要があると感じた。
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横井利明
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