「しんぶん赤旗」日刊紙で「縄文タイムカプセル」と題し、北海道の世界文化遺産が紹介されています。今日は千歳市のキウス周堤墓群。アイヌ民族が多く住んでいた千歳の地で、こういう機会に北海道の歴史を学びあいたいものです。
千歳市ではキウスだけでなく美々の遺跡・ママチ遺跡などが有名で、国の重要文化財に指定されています。かつて千歳川には秋に多くのサケが遡上し、川がサケで埋め尽くされるほどだったといいます。そのサケをアイヌ民族は「カムイチェㇷ゚=神の魚」として大切にし、食料だけでなく加工して生活用具にしたり、交易品としても利用していました。
そのような大事なサケですので、アイヌの人たちは川を汚すことを禁じ、サケの独占や根絶やしにするような漁法を戒めていました。なお、キウス周堤墓群から少し離れた場所にも、サケ漁をしていた集落跡が発掘されているとか。文化遺産を形作ったのは人間の営みであり、北海道ではアイヌ民族の歴史が重なっていることが確認できるのです。
あわせて日刊紙では、党道委員会で「アイヌ宣伝組織者」として活動してきた荒木幸穂さんの小連載も掲載されていて、今日が最終回。党道委員会として本格的にアイヌ政策の検討を始めたのは1971年ごろですが、その2年後、第12回党大会での「民主連合政府綱領提案」で初めてアイヌが位置づけられました。当時、党大会の1ヵ月前から関係するメンバーが上京して、アイヌの権利をどう盛り込むか尽力していたとの荒木さんの文章に、積み重ねられた党のアイヌ政策の重みを痛感しました。
北海道を地盤に活動する政治家として、国会ではアイヌ民族についての第一人者と呼ばれるくらいでなければ責任は果たせません。国政候補として活動を始めたときには、その責任の重さに押しつぶされそうでもありましたが、支えあい、励ましてくれたアイヌの方々がいたからこそ、今の私があります。あらためて歴史に正面から向き合うならば、解決の道筋は見えてもくるのです。
今年7月、ユネスコの世界文化遺産に登録された、この北海道・北東北の縄文遺跡群。北海道での文化遺産は初めてで、この機会に北海道の歴史をさかのぼって学ぼうとの機運も広がっています。そこにアイヌ民族の歴史を重ねながら、私も発信に努めたい。
【今日の句】人として どう生きるかも 学びあい