矢臼別は変わらぬ平和の礎の場所

 今日は別海町・矢臼別平和盆おどりへ。4年ぶりのリアル開催で、やっぱり矢臼別は集まってこそと口々に語られました。25年前に合唱団のメンバーとして参加した私ですが、今日も開会前から合唱に混ぜてもらって矢臼別のステージを満喫です。

 平和への熱い思いの交流も、文化ステージの熱気も、夜空を彩る花火も、かがり火からの盆おどりも、本当に久しぶり。泊まり込みで準備をしてきた実行委員会や設営隊のみなさんには、本当に感謝としか言いようがありません。

 久しぶりのリアル開催だからこそ、矢臼別の歴史を確認したい。矢臼別は変わらぬ平和の礎の場所、だからと思うのです。

 開拓農家が次々と離農へと誘導され、農地が演習場化されても「ここに住んでいたい」と、国による土地の買収を拒否してきた川瀬氾二さん。私も初めて矢臼別へ来た時はどれだけすごい人かと思ってましたが、ごくごく素朴な農家のお父さん、でした。

 演習場のど真ん中に、ただ一戸。その一戸を守ることは平和と基本的人権を守ることと、川瀬さん一家を励まそうと始められた平和盆おどり。今年で58回目を重ねた歴史は、根釧地方の平和運動の歴史でもあります。

 ただスローガンを並べるのではなく、文化の発信や交流、演習の監視、沖縄との連帯、そして「誰もが自分らしくいられる居場所」としての矢臼別。たたかいは粘り強さと楽観性をもってがんばろうと、私も矢臼別を通じて学んできました。

 川瀬さんの後に住んだ「さっちゃん」こと渡辺佐知子さん、運動の指導的役割を果たしてきた三宅信一・道教育大釧路校教授が亡くなり、今は浦舟三郎さん・二部黎さん・倉谷あみさんが住まわれ、たたかいは続いています。4年前には矢臼別平和資料館も開設されました。

 二部さんが「みなさん、お帰りなさい」と、あいさつで切り出した一言が、矢臼別を象徴していてじんときました。その後の文化ステージも、矢臼別の歴史が凝縮して伝わってくるようで何度も胸が熱くなりました。子どもたちの太鼓が嬉しく響いた「花いかだ」、独創組曲「さくら」合唱、朗読・ゴスペルに鬼剣舞と引き込まれました。

 花火・かがり火からの盆おどりで、盛り上がりは最高潮に。川瀬さんやさっちゃんも、どこかでいっしょに楽しんでくれてるかな。

 映画「矢臼別物語」の場面にもあったように、この地を守り、世論を広げ、次の世代へもつなぐということには大きな苦労もあります。中心を担う矢臼別平和委員会を、支え発展させていくことも大きな課題です。

 先輩たちが築いてきたものを、私のような世代が担っていかなければと痛感します。だからこそ歴史を学ぶことを、おろそかにしてはいけないと思うのです。

 岸田政権による大軍拡の具体化は、矢臼別にも現れてきています。まだ続いている夜のステージが示す「ここにいたい」=平和のうちに生きる権利を守るためにこそ、私もがんばりたい。

 【今日の句】集まった 元気の先に 平和あり

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畠山和也
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