チェルノブイリ原発事故と言っても、ピンと来ない若い方も多いでしょうね。あれから今日で37年、道原発連の街頭宣伝に私も参加しました。道議選(札幌北区)候補だった小室正範さんもマイクを握りました。
当時の私は中学生。原発について詳しく知らず、報道を見聞きして「やばいことが起きた」くらいの思いしかありませんでした。目に見えない放射能が風に乗って飛んでくる?と言われても、まったく理解不能だったのです。
その後に大きな社会運動が広がり、RCサクセションやブルーハーツなどアーティストが声をあげたことで私の関心も強まりました。特に佐野元春「警告どおり計画どおり」は、ずいぶんと聞いたものでした。
その後、原発のある社会が日常化するなかで起きた東京電力・福島第一原発事故。この事故からも12年ですから、わが家の子どもたちのようにリアルに体験していない世代も増えていくでしょう。あらためて身近なところから、原発を考えることに取り組みたい。
過酷事故が起きれば故郷を追われ、処分できない「核のゴミ」を生み出しつつける原発のある未来を選ぶか、それとも原発のない未来を選ぶのか。ドイツが全原発の停止に進んだ今、原発のない日本という選択肢はあると広げていきたいのです。
電力会社にとっても、原発は最終的には負担にしかならないのでは。過酷事故が起きたときの賠償はもちろん、運転期間を延長しての維持・修繕費用や、事故を起こすリスクも大きくなるでしょう。そもそも「核のゴミ」は、発生者責任の原則からすれば、電力会社が処分費用などを負うことになるのではないのか。
原発のない、これからを。技術上も、民意としても、進められるように私も力を尽くしたい。
【今日の句】語り合おう 原発のない これからを