突き刺さった、あの言葉

 北海道で観測史上初めて震度7を記録した、胆振東部地震から間もなく5年。被害の大きかった吉野地域や町主催の追悼式で、紙智子参議院議員・立野ひろし道9区予定候補と哀悼の意を表しました。当時のことが、まざまざと思い出されました。

 当時は洞爺湖町議だった立野さんと朝から宣伝などにまわる予定を中止し、全道停電のため信号機も点いてないなか、スタッフが運転して厚真町・安平町へと駆けつけたのでした。

 道路に大きなヒビが入り、あらゆる山腹が崩落して家も水田も土砂に飲み込まれた厚真町。追悼式がおこなわれた今日の会場は、当時は避難所になっていて、要望や思いを聞いてまわったものでした。

 お一人から「おかげさまで、見つけてもらいましたから」との言葉が胸に突き刺さりました。犠牲になられた方の、ご遺族でした。まさに「かける言葉が見つからない」でした。

 5年が経っても、ご遺族の悲しみが消えるものではないと思います。仮設住宅で何度もお会いした方が、疲労・心労が重なったためと思われるように亡くなられたりもしました。

 災害公営住宅では雨漏りがひどく、くり返し伊藤富志夫町議も要請しているなどの実態も聞きました。家を失い、頼るように「終の棲家」へ入られた被災者のことを思えば、設計や施工で問題がなかったのか、誠実な町の対応が求められています。

 自然災害は、人間1人の力でどうにかなるものではありません。その回復・復興には、国をはじめとした行政と政治の力が必要です。今後も必ずも起こるだろう自然災害とあわせて、私も役割を果たしたいとの思いを新たにしました。

 安平町では三浦恵美子町議と合流し、水田活用交付金の見直しなどにかかわる要望を聞くため、農家へと伺いました。「今年は暑くて、ブロッコリーもどうなるかな」など、目前の収穫でも心配が尽きません。

 「何より根本の問題は、農業自体の展望が見えにくいこと」と言います。水田活用交付金の見直しを契機に、さらにコメを作る農家が減ってしまうと、水路維持などに使う一戸あたりの賦課金が増えてしまうという悪循環になってしまいます。

 そもそも農業予算が少なすぎです。価格が下落しても保障が少なければ、再生産できません。だから欧米諸国では価格保障が手厚いし、農家を支えることで地域社会の維持にも努めているのです。

 日本はここが弱いから、地域での人口減少が加速するばかり。大本からの転換をと痛感します。展望が見えにくいだけに、打開の道を訴えていきたいです。

 【今日の句】伝えよう 人がつながる 喜びを

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畠山和也
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