東京から戻り、北海道母親大会へ急いで駆けつけました。合唱や活動の交流、TVジャーナリスト・金平茂紀さんの講演など盛りだくさんのなか「母親の力」が再確認されたのではないでしょうか。
来賓としてのあいさつで、私から母親大会の始まりについて触れさせてもらいました。始まりは1955年、東京・豊島公会堂が会場だったそうです。大会のきっかけは前年1954年の、アメリカによるビキニ環礁での水爆実験でした。
原水爆禁止を世界にも訴えたいと、スイスでの世界母親大会へ派遣するためカンパを集めた日本の母親たち。くらしが大変なもとで1円、2円を募金が寄せられて、当時1人80万円もの旅費を超える1人100~150万円ほどがよせられて、14人が代表として参加しました。
帰国後、例えば東北の土川マツエさんは、まるまる2年間で東北6県を歩き180ヵ所で報告会をしたとのこと。熱い思いが伝わります。そして日本母親大会が開かれることとなっていきました。それから64年、歴史が引き継がれて今日に至っています。
まだまだ母親や女性をめぐる状況は厳しさがあります。家事・育児・介護は女性が担うことも多く、シングルの家庭では生活費の負担が重くのしかかります。男女の賃金格差も続いているし、セクハラ・パワハラはじめ母親・女性への差別や人権蹂躙も残されています。
同時に、差別のない社会をつくろう、平和な日本へ憲法9条を守ろうという世論も着実に広がっています。先日は札幌で「レインボープライド2019」が開かれ、誰もが差別なくくらせる町と日本にしようとアピールされました。こういう市民の運動が広がるなかで、長年にわたり母親大会は重要な役割を果たしてきたのです。
65年前に少人数でも駆けずり回った母親たちからすれば、これだけ多くの母親・女性が集まり声をあげている様子に胸を熱くするに違いありません。積み上げてきた歴史に確信をもって、今日の大会もあわせて、すべての命が守られ輝けるように活動を広げていこうと私から呼びかけました。
歴史を知ることは、未来につながること。日本の侵略戦争・植民地支配の歴史から目を背け、報道も利用して権力を維持しようとする安倍政権を見るにつれ、歴史を学び広げることの大切さを痛感します。
支持率が5割前後とはいえ、安倍政治に満足している人は多くありません。総理が強気を見せていても、改憲だって進められる展望を持てていないはずです。粘り強く取り組んできた母親運動の歴史に学び、党としても新しい政治の実現に力を尽くしたい。
【今日の句】平和への 思いが歴史 動かして