近藤道生氏著書など

 石破 茂 です。
 令和5年度予算は2月28日火曜日に何の波乱もなく衆議院で可決、参議院に送付されて年度内成立が確実となりました。政府・与党としては目出度い限りですが、予算委員会での質疑を聞く限り、安全保障政策にしても少子化対策にしても、主権者である国民や納税者が十分に得心・出来る説明がなされたかどうかは、自分の質疑についての反省も込めて言えば、やや疑問なしとしません。
 今回の「安全保障政策の大転換」とは何かといえば、究極的には「従来、法的には認められていても、その力を保持し行使することは政策的に行わない」としてきたものを可能とした点です。どのような場合に反撃力を行使するのか、審議の過程で政府はこれを「個別具体的に判断する」と述べるだけでその具体例を一切明示しませんでしたが、典型例として挙げれば、某国が我が国にミサイルで攻撃を行い、我が国がミサイル防衛システムで迎撃するも、我が国の保有する迎撃ミサイルの弾数を超えるミサイル数を発射し(飽和攻撃)、米軍も何らかの事情(同時に他地域で発生している戦闘に対処している等)でこれへの対応が能力的に困難な場合、我が国が某国の攻撃能力を減殺するために反撃能力を行使する、という場合は、当然許容されうるケースと言えます。
 これを基本形としてさまざまなバリエーションを法的、能力的、任務体系的に整理・検証し、構築していかなくてはならないものと考えています。
 「安全保障政策の大転換」についての議論が深まらないのは、決して好ましいことではありません。「手の内を明らかにするような答弁は差し控える」という状況が続くならば、憲法第57条但書に定められた秘密会の開催を真剣に考えるのが議会の責任ではないかと思います(旧憲法下では政府の要求によって秘密会が容易に行われる弊害があったため、現行憲法ではこれを専ら議院の判断によるものとしています)。もっとも、秘密会とは「公開を停止して開かれる会議」というだけの意味しかなく、秘密の厳格な保全については別途憲法の範囲内で改めて定める必要があり、これは極めて難しい課題ですが、避けて通るべきではありません。

 総理のウクライナ・キーウの訪問について、様々な報道がなされ、賛否両論が交錯しています。
 先月20日のバイデン米国大統領の電撃訪問は数か月前から周到に準備され、厳重な報道管制の下、随行も数名の側近、カメラマン、医療チーム、警護隊、同行記者も2名に限定されたそうです。国境付近上空には監視・警戒のための米軍機が飛んでいたとのことですが、ウクライナには米軍が駐留していないため、警護隊の負担は想像を遥かに超えるものだったのでしょう。
 しかし、翌21日にキーウを訪問したイタリアのメローニ首相は、19日にはその訪問がメディアで報ぜられ、2月3日に訪問したEUのミシェル大統領(元ベルギー首相)一行も1月4日には訪問日程を公表しており、「事前に訪問予定が漏れたら安全が確保できない」ということではないようですし、イタリア軍やベルギー軍が警護に当たったのでもありません。
 そもそも、被占領国でもない主権独立国家内において、他国の軍隊が活動してよいはずがありませんし、仮に例外的にそのようなことが行われる場合には、当事国間で地位協定が締結されなければなりません。
 そのように考えると「訪問が事前に漏れると危険が増す」「自衛隊法に海外における日本要人警護の任務が定められていないので安全が確保できない」というような理由は全く正しくありません。「自衛隊が警護できないから訪問しない」などというのは見当違いの、ためにする批判です。もちろんNATO加盟国と我が国とでは様々な点において事情が大きく異なり、一概に論ずることは出来ませんし、兵器供与などの軍事的な貢献が出来ない日本の首相が行っても意味はないとの主張があることも承知しておりますが、岸田首相が「訪問したい」との熱意をお持ちであるならば、政府・自民党として可能な限り実現に向けた努力をすべきです。なお、立憲民主党の泉代表が、訪問には国会の事前承認が必要な旨述べていますが、総理や閣僚の国会欠席の事前承認は、あくまで通例であって、法律でも国会規則でもありません。

 本日の日韓議連役員会において、10年間会長職を務められた額賀福志郎元財務大臣に代わり、菅義偉前総理が会長に就任されました。
 日韓関係の改善は我が国や北東アジアのみならず、アジア太平洋地域の平和と安定に不可欠な、最重要かつ喫緊の課題です。領土、慰安婦・徴用工などの歴史問題等、双方に大きな隔たりがある課題は多くありますが、その根底にあるのは明治維新・日清戦争から日韓併合に至る近現代の認識の相違です。1909年にハルビン駅頭で伊藤博文を暗殺した安重根は日本では許されざるテロリストですが、韓国では民族の英雄であり、この認識の相違は決定的です。安重根は裁判において、伊藤博文は韓国の独立を願った明治天皇に背いた逆臣であると述べていました。日本側も、韓国側も、事実をよく知らないままに関係を積み重ねてはいないでしょうか。故・小室直樹博士や故・岡崎久彦氏は著書の中で、日本が韓国に対して行った同化政策の誤りを指摘しています。いわゆる保守派の論客がこれを論じていたことに、大きな意味があると思います。

 予算案が衆議院を通過したので、審議中手を付けないままに乱雑の極みになっている書籍や書類を整理していたら、近藤道生(こんどう・みちたか 元国税庁長官・博報堂社長・会長・故人)の著書「国を誤りたもうことなかれ」(中公新書・2006年)が出てきて、改めて読みなおして深い感慨を覚えました。大蔵省入省後、直ちに海軍主計士官となって主に南方で勤務した同氏の回想や、21世紀のあるべき日本の姿についての想いは、戦争体験がないままに今の混迷の時代を生きる我々にとって極めて示唆に富むものであり、是非ご一読いただきたいと思います。
 亡父・石破二朗も昭和18年2月、勤務していた内務省から陸軍司政官としてスマトラに赴き、占領地行政に当たっておりましたが、私に戦争について語ったことはほとんどありませんでした。昭和13年夏、内務省から宮城県社会教育課長に出向中、来県するヒットラー・ユーゲントの歓迎行事の担当を命じられた際に「奴らと仲良うすると良いことありやせんぞ」と部下に語るなど、開戦前より軍国主義やファシズムに対しては随分と批判的であったそうですが、父から戦争についての思いを聞くことが出来なかった私にとって、近藤氏の著書はとても有り難いものでした。

 今日は桃の節句です。子供の頃、二人の姉たちのために大きな雛人形を飾っていた亡母・和子の姿が思い出されます。
 皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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石破茂
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