福音派など

 石破 茂 です。
 今週は連日、予算委員会に出席しておりました。相変わらず野党は顔見世興行のように質問者を数多く立てて、議論が一向に深まらないままに時間が過ぎていく状況が続いており、これではどんなに自民党の支持率が低下しても野党の支持率が上向かないはずです。
 かつて小泉政権下で「小泉劇場」と呼ばれた頃、国会中継の視聴率は下手なドラマよりも高かったのですが、今は一桁前半も行けばよい方なのではないでしょうか。野党第一党の立憲民主党は、「次の総選挙で政権交代を実現する」と言うからには、「次の内閣」の総理大臣(泉健太代表)を筆頭に、各「閣僚」を質疑者に立てて、現政権の閣僚よりも力量が優れていることを示さなければ、国民の期待が高まるはずはありません。かつて鳩山由紀夫内閣が誕生して政権交代が実現した時は、鳩山、岡田、前原、枝野、原口各氏をはじめとする論客の代議士たちが相当の時間をとって自民党・公明党の閣僚たちとスリリングな質疑を交わしたものですし、我々が野党の時もそのような議論を鳩山・菅・野田内閣の閣僚と展開して政権奪還を果たしたものでしたが、今は全くそのような気迫が感じられません。来週以降の予算委員会に期待したいものです。

 委員会の質疑を聴いていて、どうにも気になって仕方がないのですが、質問者が「ご質問させて頂きます」、答弁者が「ご答弁させて頂きます」などと、いちいち「ご」を付けるのはおかしくないのでしょうか。ほとんどすべての質問者、答弁者がこのような言い方をしていることに強い違和感を覚えています。もっとも、ものの本によればこの「ご」の使い方は二重敬語には当たらず、これで正しいのだということなのだそうで、日本語は難しいとつくづく感じております。

 賃金引上げ税制についても議論が交わされていますが、前回も記したように、賃金引上げを政府が主導して行う先はどうなるのか、不安が残ります。「官製賃上げ」で恩恵を受ける労働者の数、一部の労働者の賃金引き上げを税金という国民全体の負担で行うことの効果、施策としての持続可能性など、疑問がぬぐえません。
 地方創生大臣在任中、とある講演で、「株が高くなって嬉しい人」「円が安くなって嬉しい人」に手を挙げるようにお願いしたことがありました。「株なんか持っていない」「最近輸入食品の価格が上がった」などを理由に、賛意を示す人が少なかったのに比べ、「金利がゼロに近くなって悲しい人」に手を挙げるようにお願いしたら、随分と多くの人が手を挙げたのが極めて印象的でした。聴衆に高齢者が多かったせいもあったのでしょうが、これが多くの国民の実感ではないのでしょうか。
 高齢者の持つ預貯金は全体の3割の650兆円にも達しており、この層がおカネを使うようになれば日本経済の様相は随分と変わるように思われます。金利の上昇は当然ながら多額の借金を抱える企業や住宅ローン利用者の負担増となりますし、国債費の増嵩をもたらすことにもなりますが、これらに細心の注意を払って慎重に実現をめざす他に、経済の体質を根本的に変えることは出来ないように思います。
 私が銀行に勤めていた昭和50年代後半、普通預金は3%、定期預金は商品によっては8%近い金利がついていたように記憶します。それでお孫さんにプレゼントを買ってあげたり、ご夫婦で旅行に行かれたりしていたことを考えると、難しい金融理論も大切なのでしょうが、国民の実感に近い政策もまた必要なように思います。

 ロシアのウクライナ侵略は厳しく批判しても、イスラエルのガザ攻撃は「自衛権の行使」として国連安保理で拒否権を使って擁護するアメリカの外交姿勢をどのように理解すべきなのでしょうか。
 「イエス・キリストを十字架にかけよ、その責めは自分たちが負う」とローマ総督ポンテオ・ピラトの前で声高に主張したのはユダヤ教徒たちだ、それゆえにすべてのユダヤ人はキリストの処刑の責任を負うべきだ、としてユダヤを迫害することを反ユダヤ主義というならば、おもにヨーロッパのキリスト教徒(カトリック)の指導層によって反ユダヤ主義は教義として固定化され、ゆえにユダヤ人は長く迫害を受けて世界各地に離散してきました。これに対して、アメリカ全人口の3割を占めると言われる福音派(エヴァンジェリカルズ)は「ユダヤ人迫害は間違っていた」とし、「ユダヤ人が約束の地であるイスラエルに多く帰還し、エルサレムにユダヤ人が集まるほどキリストが暮らしていた頃のパレスチナに近づき、キリストが千年至福王国の王として復活する」とし、これがイスラエル支持の源流となり、この至福の王国の実現は1948年のイスラエル建国によって可能となったと考えるのだそうです。この福音派の影響はどれほどのものなのか。
 我々はアメリカを唯一の同盟国とし、日米同盟を基軸として外交を展開していますが、そのアメリカをどれだけ理解しているのか、己を顧みて今更ながら甚だ疑問です。今週、東京女子大学学長の森本あんり氏やイスラム研究者の宮田律氏の著作に接し、精読する必要を強く感じました。

 かつてリクルート事件を受けて自民党政治改革本部長に就任された伊東正義元外相・元官房長官が、清廉潔白で本当に立派な、真の国士とも言うべき方だったことは以前、この欄でも述べました。不覚にも今回初めて知ったのですが、1980年9月23日の国連総会一般討論において伊東先生は、「日本は、公正かつ永続的な中東和平実現のためには、イスラエルが1967年戦争の全占領地から撤退し、且つ国連憲章に基づき、パレスチナ人の民族自決権を含む正当な諸権利が承認され、尊重されなければならないと考えております」と述べておられました。今このような発言をすれば「テロリストの味方なのか」との批判が殺到することが容易に予想されますが、もう一度先人たちの足跡を辿る必要があると痛感しています。

 皆様、ご健勝にてお過ごしくださいませ。

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