がん細胞と戦うための最良の方策に悩む日々〜前向きな平常心か、それとも激しい生存(闘争)本能か?!

2026年2月11日 今日は、完全充電の水曜日。朝食を済ませてから、パソコンの前に座った。時間のある休日にしか書けないブログを掲載する。 昨晩のOuraのスマートリングによると、睡眠スコアは64。これを常時、70台に上昇させることが目的だ。担当のドクターのアドバイスに従って、水分も多く摂るようにしている。 ホルモン治療を始めてから、まだ2日目。副作用は全くない。体内エネルギーや、仕事への意欲が低下している兆候もない。きっとまだ(現時点では)「男性ホルモン」が減少していないのだと思う。 これから、テストステロン(男性ホルモン)の数値が下がってくると、身体や心に、いろいろな影響(変化?)が出始めるのだろうか? 疲労感で活動量が減少したり、精神的に落ち込むひともいると聞いた。が、あまり心配していない。そうでなくても喋り過ぎなので、丁度よくなるかもしれないでしょう?!(笑) 治療の効果や自身の体調については、今後もしっかり報告を続ける!欠点だらけでも、不器用でも、県民にウソをつかない、透明で正直な姿勢を貫くために!!  ちなみに、欧米の最新の研究によると、体内のがん細胞の増殖を抑えるための最良の方法は、がん患者に日記を付けさせ、毎晩、寝る前に、その日にお世話になったひとへの感謝を綴ることらしい! ウソのような話だが、多くの有力な研究者が、この説に賛同してる。 がん細胞と戦うためには、「ポジティブ思考」とか、「心の平静」が必要ということなのだろうか?! 今から60年近く前、30代の若手県議だった亡父 山本富雄が、群馬大学病院でがんの治療をした。その時、手術をしたのかどうかは分からないが、当時はまだ珍しかった放射線治療も施していた。 担当医師(主治医?)のアドバイスに従って、毎日、亡父のために青汁を作っていた亡母の献身的なサポートもあって、亡父のがんは完治した。 先日、子どもの頃にチラッと聞いたこのエピソードを思い出した。そして、こう思わずにはいられなかった。 「今回、自分が群馬大学病院の重粒子線治療を選んだのは、ある意味、運命的だな!」と。 草津町議だった頃から「知事になること」が人生の目標だった亡父は、(細かい経緯には触れないが)48歳で、参議院議員選挙への挑戦を決めた。 が、選挙の前に受けた輸血が原因で、急性の激症肝炎に見舞われ、病院のベッドの上で当選の報を聞くことになった。結局、半年近く入院して、完全に治癒。当選同期の人たちより随分、遅れて、国会の赤い絨毯を踏むことになった。 あとで知ったことだが、当初は極めて危険な状態で、集中治療を受けていた。生きるか死ぬか、半々の確率だったそうだ。 最初に病室で会った時、亡父は全身に黄疸が出て、顔も目も真っ黄色の状態だった。が、この時も、亡母と長姉の献身的な介護によって、政治家 山本富雄は復活した。 もともとスキーの選手で体力があったこともあるが、とにかく強靭な精神力の持ち主だった。 結局、この時に受けた肝臓へのダメージが蓄積され、最後は66歳で亡くなったが、大病を乗り越えて18年も生きたことになる。 緊急入院して3、4ヶ月くらい経った後だと思う。すっかり黄疸もなくなって、いつもの顔に戻っていた亡父のお見舞いに行った。 ベッドの上で胡座をかいて、ご飯を食べていた亡父が、こっちを向いてニヤッと笑いながら、20代だった自分に、こう言った。 「なあ一太、オレがいなくなったら、喜ぶヤツがいっぱいいる。が、そうは問屋がおろさない!まだまだやらなければならないことが、山ほどある!こんなところで、やられてたまるか!」と。 気力に溢れたその表情を見て、「なんてカッコいい親父だろう!」と思った。 「県議時代にがんを克服したのも、今度の激症肝炎を跳ね除けたのも、全ては本人の政治家としての執念と、何が何でも生き残らねばならないという強烈な意続きをみる

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