今日は中標津町・標津町・羅臼町へ。国後島を目前にした羅臼町では、冷たい風も吹いて温度計は5℃の表示! お会いできた方の温かさが心に沁みた1日でした。
移動は宣伝カーで、私もマイクをずっと握ってごあいさつ。道議候補(釧路市)だった石川明美さんが運転をしてくださり、本当にありがたい気持ちでいっぱいです。元気な姿を見ることができて嬉しく思いました。
羅臼町から書き始めますが、坂本志郎町議の案内でまずは町役場へ。町長・湊谷稔さんと副町長・鈴木日出男さんが、お忙しいなか対応いただきました。ちょうど今日からビザなし訪問が始まったこともあり、話の多くは領土問題が占めることとなりました。
今日の報道では、ロシアとの共同経済活動において観光が具体化されていくことが報じられていました。しかし、この共同経済活動が領土返還に寄与するのかは不透明です。根室市は返還運動の拠点ではありますが、別海町・中標津町・標津町・羅臼町も隣接地域として大事な役割も担ってきました。冒頭に書いたように、沖縄本島より大きい国後島が羅臼町からはハッキリ見えるのです。
元島民の方を含め、地域の声を受け止めた領土交渉や地域振興支援が必要だと痛感しました。相手のあることとはいえ、やっぱり「言うべきことをしっかり言う」ことをしないとロシア側だけでなく国際社会からも足元を見られることになってしまいます。まして領土は国の主権にかかわる問題だけに、粘り強い交渉が必要になるのです。
羅臼漁協にも足を運び、専務理事・木野本信之さんとも同じような話になりました。ロシアのトロール船がゴッソリと魚を獲っていくのを目の前にしながら、どうにもできない現実に多くの漁師や住民が苦しめられてもきたわけです。その思いや現状を、どれだけ国会議員も知っているのでしょう。共通して「ぜひ多くの人に足を運んで見てほしい」と語られたことに、隣接地域の願いが凝縮されています。
私が初めて羅臼町を訪れたのは、釧路教育大大学院に通っていた20年前でした。こんなに大きな目の前の国後島がロシアに占領されているなんてと、とても理不尽な思いをした記憶があります。今日また、日ロ外相会談の場でラブロフ・ロシア外相から、先の戦争の結果を認める必要がある(=4島をロシアの領土として認める)言明があったようです。歴史の事実で言えば千島・樺太交換条約にもとづき、国後・択捉を含む(色丹・歯舞群島は北海道の一部)千島諸島が日本の領土であるのに、です。
この戦後処理の不公正については、私も国会で安倍首相に質問をしました。安倍首相が答弁を避けたことが、今の領土交渉の根底になっているのだと痛感します。だからこそ今の時期に至って、なおさら政府を追及しなければいけないとの思いを強くしています。元島民も隣接地域も、理不尽な状況には納得していないからです。
まわった3町での街頭宣伝でも、内政とともに外交の転換をしようと訴えました。米国いいなりと歴史を直視しない姿勢が安倍政権のもとで顕著になり、昨日も書いたように矛盾が広がってきています。あらためて安倍政権を変えたい決意を、私から強調して訴えました。寒い中でも話を聞きに駆けつけてくださった方には、本当に感謝の思いでいっぱいです。
中標津町では急なお願いにもかかわらず、副町長・宮川睦さんが対応してくださいました。町立病院維持の苦労も聞き、多くの課題があることも再認識です。
今日のうちに釧路市まで来ましたが、羅臼町からは車で3時間ほどかかります。道東地方だけでも、これだけ広い北海道なんですよね。東京から見れば一地方にしか見えないのかもしれませんが、その町で(農林漁業はもちろん)生産活動をしていることで日本全体が成り立っています。どの町でも安心して暮らせるようにするのは政治の責任なのに、もうけにならない地域は切り捨てるかのような流れがあります。
だから安倍政権を変えたい。明日は釧路市内での活動です。
【今日の句】寒さにも 負けぬ熱さで 交流し