石破茂という政治家

安倍後継候補の1人である石破茂との思い出話を書いてみる。 石破茂も私も専門が安全保障なので、自民党の外交防衛政策の立案に共同して当たったが、学者的な理論を展開して、仲間の政治家に煙たがらた「嫌われ者」という点でも私に似ている。 自民党の新憲法起草委員会(2005年)では、第9条の改正について、「国防軍」案の石破と「自衛軍」案の私が対立する。石破は、私に対して『あんたは、それでも学者か、論理の整合性がないではないか』と噛みついた。私も負けておれないので、『あんたは、それでも政治家か。9条を一日でも早く改正することが大事ではないのか』と反撃したのである。   私が厚生労働大臣として仕えた福田内閣、麻生内閣では、石破は、それぞれ防衛大臣、農林水産大臣の役職にあり、二人で協力して国政を進めた。予算委員会では、私に質問が集中すると石破が一休みできるし、逆に石破が答弁席に立つと私が息抜きできる。そこで、委員会が終了すると、「明日は君に質問が集まることを祈る」と相互に牽制しながら別れるのが常であった。 鳥取県の石破の選挙区にもよく行った。寒い時期には、夜になると二人で蟹を食べながら、談笑したものである。 私は、自民党が下野した後に、新党改革を立ち上げたが、2013年の参議院選挙では、立候補しないことを決めた。その過程で石破幹事長と電話で何度も協議をした。石破は私が国会にとどまることを希望したが、私が東京や神奈川の選挙区から立候補すれば、自民党や公明党の候補者が落選する危険性が高まる。それは続きをみる

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